2019.11.01

ビジネスに追いつけない日本のシステム開発の構造欠陥

経営者のための「DX時代のイノベーション戦略」(第3回)

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前回は、「リーンスタートアップ」の登場によって、「シリコンバレー流」のイノベーションの作り方が定式化され、それが破壊的イノベーション、DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れの中で既存の大企業も注目を始めたことを、アジャイルの歴史とともに振り返った。

【連載】経営者のための「DX時代のイノベーション戦略」

現代のソフトウエア中心のイノベーション、DXで大切なのは以下の事柄である。

  • ニーズ(顧客)とシーズ(製品)の両方を低燃費で育てる続けること。
  • 企画と開発を組織分離せず、一体活動とすること。
  • そのために、サイロ(既存組織の枠)を取り払ったチームを作ること。
  • さらに、モチベーション重視の働き方、チャレンジと失敗を許す文化の醸成を経営が主導すること。

キーワードとしてのAI、IoT、クラウドといったIT活用のインフラや要素技術に注目が集まっているが、実際には組織や人材をアジャイルを基礎にする「マインドシフト」、「組織構造シフト」が必要になる。

この問題に入る前に、今回は、日本における伝統的なシステム開発の構造、起こり始めている変化について考察していこう。

ソフト開発に関する日本の産業構造の特徴

まず、ソフトウエア開発に関する日本の産業構造の特殊性を指摘したい。日本では不思議なことに「ユーザー企業」(利用者側)と「IT企業」(提供者側)に分けてIT企業群を捉えることになっている。国内企業が参加する協会も2つに分かれており、「日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)」(=ユーザー企業側)、「情報サービス産業協会(JISA)」(=IT企業側)、となっている。

では、実際にITエンジニアがどちら側に属するのか、という調査の結果が下図である。

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ITエンジニアはIT企業とユーザー企業のどちらに属しているのか?(出所:『IT人材白書』 IPA 2017~ITエンジニアが主体的に挑戦できる場を作れ~)

このように日本では圧倒的に提供側のIT人材が多い。これは欧米に比べると顕著な傾向である(筆者がかつて携わった同様の調査でもほぼ同じ結果だし、業界の中での「実感」としても強く認識してきた)。

この理由にはいくつかあるが、筆者は日本の特殊性として以下の要因が大きいと考えている。

(1)日本発で製品市場に通用するプロダクトが少なく、国内ユーザー企業なしに国内IT企業が成り立たないこと。

(2)1980年代にユーザー企業が情報システム部門を分離子会社化し、給与体系と役割を本社と分け始めたたこと。

(3)新卒採用から1社で勤め上げることをよしとする終身雇用の習慣が浸透しており、解雇が規制されているため、人材の流動性が低いこと。

米国は、マイクロソフトやアップル、オラクルが誕生した1970年代から(さらにその前のIBM、DEC、HP時代から)、世界市場にOSや基盤ソフトウエアを提供し続けている(日本もこの時代は強かった)。

さらに90年以降はグーグル、アマゾン、フェイスブック、ツイッター、セールスフォース、アマゾンなどWebサービスとしてソフトウエアプラットフォームを提供する企業が大成長を遂げる。そして、2000年代後半に、ドロップボックス(2007)、ウーバー(2009)、エアビーアンドビー(2008)、ピンタレスト(2010)などのユニコーン(時価総額10億ドルベンチャー)が登場する。彼らの会社の従業員は、ほとんどがソフトウエアエンジニアやデザイナーだ。90年代のこの時代に、世界市場で成功する「ソフトウエアをコアとしたプロダクト」が日本から出てこなかったというのが、この構造を決定づけたのかもしれない。

一方で海外では、金融のような老舗の産業でさえソフトウエア人材を内部で大切にしている。たとえばゴールドマン・サックスでは社員の中のエンジニア比率が25%であるという。ITを自身の強みの中核として認識し、採用、インソースしていることの表れであり、日本の金融機関ではありえない数字だと思う。

日本の1980年代の様々な産業における「システム子会社化」は自然な流れだったのだろうか。ちなみに筆者の前職はNKエクサ(IBMに買収されて現在はエクサ)である。大学を出てNKK(日本鋼管、現JFE)に入社し、途中でシステム子会社のNKエクサへ出向した。日本にこうしたシステム子会社がある背景には、ITシステムは「外部から調達するもの」だという発想がある。また、ITを開発する能力は企業にとってコアコンピタンスではなく、別の組織(会社)として運営すべきだ、という考え方に基づいていたと推察する。ITはあくまでも製造物であり、仕様を提供して、入札・応札を行い、同じ仕様で最も品質がよく、安くいいものを調達する、すなわちソフトウエアを「工業製品化」する、という思想がそこにある。

ところが、DXでは「ソフトウエアは会社のコアビジネスに強く関わる」と考えなければならない。また、ビジネスを進めながらプログラムの仕様を決めたり修正していくDXやイノベーションは、ビジネスとITを分離させる構造とは非常に相性が悪い。

上記の図にははっきり表れていないが、米国の「IT企業側」にはそういったイノベーティブなソフトウエアプロダクトを開発しているエンジニアが多く含まれている。対して日本の「IT企業」側は、多くの人たちが「SI」と呼ばれるユーザー企業からの受託請負開発に属していると考えられる。

日本のSI、またそれを生業とする「SIer」という事業領域では、「ユーザー企業」からのRFP(Request For Proposal:提案依頼書)を受け大きな開発を請け負うために、そのまとめ役になる開発大企業があり、その商流の下に2次請け、3次請けという徐々に受注単価が低いソフトウエアハウスがぶら下がり、ピラミッド構造を作っている。

ソフトウエア開発は「壮大な伝言ゲーム」?

ユーザー企業側の情報システム部門にITスキルを持った人材が少ないことは前述したとおりだが、ほかにも逆風として、実際のビジネス部門から見てコストセンターとなっている場合がよくある。ITを安く調達すること、失敗が許されずうまく行って当然という圧力もあり、さらに強いトップダウン管理をしがちになる。そのために、大きなSIerと協力していわゆる丸投げに近い形でリスクを分け合う開発体制をとらざるを得ない。

こうなると、ソフトウエア開発は「壮大な伝言ゲーム」と化す(下の図)。末端のエンジニアに渡ってくる情報は期限つきの細切れ情報になり、それをこなすだけの無機質な仕事になりがちである。そんななかでも、目的を共有しながらモチベーションを維持するマネジメントと、達成のために奮闘する現場エンジニアたちに、日本のSIは支えられてきた。

日本のSI構造

ソフトウエア開発ではSIerのPM(プロジェクトマネジャー)と呼ばれる役割が重要であるが、若くしてこの職種についた人材はプログラミングや設計をする経験が少ないので、中身がよく分かっていない(ITについての足腰がない)ことが少なくない。それにもかかわらず、プロジェクトのスケジュール線表管理、発注業務、顧客との交渉、成果物の受け入れと複数ベンダーの調停などに精力を傾けなければならないのだ(もちろん、これらは大規模プロジェクトの中ではきわめて重要な仕事である)。

ネットビジネス企業が先導したアジャイルの導入

SIer側もユーザー企業側も、このままでよいと考えているわけではない。

日本のSIerの中には、2000年代初頭から草の根的にアジャイル開発に取り組むチームが存在している。筆者はオブジェクト倶楽部(オブジェクト指向開発周辺のコミュニティ、現オブラブ)、XP-jp(アジャイル手法XPのコミュニティ)といった小さなコミュニティを2000年から運営しながら国内のエンジニアとの関係づくりをしてきた。その中には富士通、NEC、パナソニックといった大企業の中にいながら参加・実践に取り組んでいた方々もたくさんいる。

2009年から始まる事例発表コミュニティであるアジャイルジャパンでは、SIerの中でのアジャイルの事例が毎年発表されてきた。しかし、上記の産業構造と契約の壁に阻まれて、その成果はなかなか表舞台に出てこなかった。

一方、最近になって楽天や、Yahoo! Japan、GMO、リクルートの多くの子会社など、Webサービス、ネットビジネスを中核に成長する企業が増えてきている。

いずれも、早くからアジャイル開発を取り入れたり、リーンスタートアップ型のプロジェクトを平行して走らせたりしながら、企画と開発の一体化を進めていた企業である。また、ビジネス資産としてのソフトウエア、技術的卓越性を大切にし、CTOを明示的に置いているのも特徴だ。

こうした動きが出てきたのは、Webを使ったビジネスが多く登場するようになったことが大きい。ユーザー企業とIT企業のどちらにも属さない、ネットを使ったサービスを提供する会社が多く現れたことと軌を一にしている。

こうして日本のアジャイル開発は、早くからデジタルビジネスをコアコンピタンスとして認識したネットビジネス企業の間で広がったと言える(ここではSIerは取り残された)。

Webでのネットビジネスを中心とする小さなスタートアップの会社ではアジャイル開発がもはや当たり前となり、大きく成長しても既存資産と新規開発をどのように結びつけるか、を考えながら成長を描いている。2011年からはじまるカンファレンスである、スクラムギャザリング東京は、このような流れの先駆けとなるコミュニティである。

その流れに伴い、Webビジネス企業へのエンジニア流動も起きている。ビジネスと直結した開発(自分たちの貢献が直接事業の成功に結びつくやりがい)を求めて転職する大手SIer出身のエンジニアが増えてきているのだ(下の図を参照)。

IT人材流動のイメージ図(出所:『IT人材白書』 IPA 2014~「作る」から「創る」へ、「使う」から「活かす」へ~価値を生み出すプロの力~ITエンジニアが主体的に挑戦できる場を作れ~)

キャズムを超えた日本のアジャイル

さて、ここでようやく現在である。下の図の中で「3rd Wave」と描いた位置に私たちは立っている。デジタル革命が各産業を破壊しはじめた外的環境変化によって、日本でもアジャイルが認知され、積極的に採り入れられるようになった。

前述の「エンジニア主体」の1st Wave、次のネットビジネス主体の2nd Waveが過ぎ、既存大企業もでも「DX」すなわちデジタル革命がキーワードになり、「攻めのIT」へとシフトする動きが活発化してきた。

現在は、ネットビジネス企業以外のユーザー企業がこのシフトの中心にある。SIerを使ってRFPベースのIT調達をしていた大企業の中でも、先進的な企業はこぞってデジタルシフトを考え始めた。

この波の中では、これまでの基幹システムの開発(SoR:Systems of Record)のやり方は通用しない。逆に言えば、SoR型の開発では上記の構造は残るのかもしれない。しかし、この連載で対象にしている「イノベーション」の世界では、「要求は定まらない」ものであり、作り上げるべきなのは、まだ世の中にない、ニーズが検証されていない新サービスである。この分野では企画と開発が一体となって考える、試行することが必要とされる。

とはいっても、既存の文化、組織の中で、スタートアップのような活動を行うことはなかなか難しい。大企業の組織横断型としがらみの中で、どうすれば意思決定のスビードを上げ、試行と学習ループを素早く回すことができるのだろうか。

次回は、以上を踏まえて、既存大企業の中で新しい変革を行っていくための具体的な提言を行いたい。

【連載】経営者のための「DX時代のイノベーション戦略」


*文:平鍋 健児
*本記事は2018年1月12日 JBpress に掲載されたコンテンツを転載したものです