2020.01.30

「大企業からイノベーションは興せない」は過去の通説になりつつある。

アクセラレーターが語る日本企業の課題と可能性(前編)

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Japan Innovation Network 専務理事 西口尚宏氏

 保守的な日本の大企業からはもはやイノベーションは興せない――。そんなふうに思う方は少なくないのではないだろうか。その通説を覆すべく、大企業のイノベーションを支援するJapan Innovation Network(JIN)専務理事・西口尚宏氏と、日本発の「オープンイノベーション」を興すために大企業とベンチャー企業を支援するWiL 共同創業者CEO 伊佐山元氏に、日本のイノベーションの課題と未来について語ってもらった。

イノベーションの課題は世界共通である

――「大企業からイノベーションは興せない」と考えている方も多い中、どのような考えで、大企業のイノベーションを支援するのでしょうか。

西口:組織が大きくなると、仕事が分業化し官僚主義がはびこるというネガティブな側面によって、創造的なイノベーション活動が阻害されるという指摘はもっともです。環境変化に対応できない大企業がイノベーションを興すのが難しいことは確かで、かつ大きな課題です。私は、この課題を解決しなければいけないという強い思いを、産業革新機構在籍時代に抱き、それが2013年のJIN設立につながりました。

また13年からの加速支援活動に基づき15年に、大企業のトップをメンバーとする「イノベーション100委員会※1」を経済産業省とともに立ち上げたのは、本気でイノベーションを興そうと思うトップがいる大企業が日本に100社あれば、日本経済は新しい局面を迎えると思ったからです。

伊佐山:01年に渡米して以来、FacebookやGoogleなどのベンチャー企業が急成長するのを目の当たりにしてきた私は、彼らが成し遂げてきたことを日本で実現できないかと考えていました。同時に、調整志向が強い日本では、ベンチャー企業の勢いで世の中や規制をも変えるというアメリカ流の方法は、なじまないのではないかと感じていました。

そこで、ベンチャー企業の力だけでなく、大企業も巻き込んでオープンイノベーションを興すのが日本では有効だと考えたのです。偶然にもJINと同年に設立したWiLで、そのための活動を行っています。

――具体的にはどのように活動し、その手応えをどのように感じていますか。

西口:JINでは、大企業の中で属人的になりがちなイノベーション活動を、CEOのコミットメントの下に組織的な活動に格上げする取り組み、世界各国のスタートアップとの連携、イノベーション教育プログラム提供を行っています。また、私はISO委員として、15年から世界55カ国の方々と、イノベーションマネージメントの国際標準化に向けた原案づくりに関与してきました。一定規模の企業がイノベーションを興すのが難しいというのは、世界共通の課題なのです。その課題の解決法として目指したのが、「イノベーション経営の標準化」です。19 年春にはISO56000シリーズとして、この成果がリリースされます。

そして、現在は「大企業でイノベーションは興せない」という通説は過去のものになりつつあると断言できます。イノベーションを興せないのではなく、興し方を知らないのです。「デザイン思考※2」や「リーンスタートアップ※3」といった有用な手法もそろってきており、積極的にイノベーション活動を行う大企業が増えているからです。

※1:イノベーションに関して先駆的な取り組みを行っている日本の大企業経営者をメンバーに経済産業省、JIN、WiLが共同運営するコミュニティー。「大企業からイノベーションを興し続ける」ための行動指針などをまとめている。

※2:問題解決ではなく、問題の本質を問い直し再定義する手法。

※3:「顧客が求める価値以外のムダな価値を届けない行為」を指し、ベンチャー企業が限られた時間と資源の中で事業を立ち上げるために確立された手法。

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WiL 共同創業者 CEO 伊佐山元氏

伊佐山:WiLでは、大企業におけるイノベーション促進に関して三つの活動を行っています。一つ目は大企業からの出資によってベンチャー投資を行う活動。これは大企業に対して、新たなビジネスモデルや技術の気づきの場を提供することになります。二つ目は大企業の中でベンチャー的な取組みを実施するための支援です。

三つ目が大企業という保守的な組織が新しいことを受け入れやすくする土壌づくりです。いくらリソースを移転しても、それが拒絶されてしまっては意味がないからです。これら三つの活動を軸に、オープンイノベーションを通じた確かなアウトプットが得られつつあると感じています。

日本人の「イノベーション能力」は高められる

――変わり者の天才だけがイノベーターになれるというイメージはいまだ根強いものがあります。支援によって、イノベーションを興す能力は高められるものでしょうか。

西口:イノベーションを属人的な取り組みから組織活動へ引き上げる過程で、イノベーターのスキルや思考、行動特性も明らかになってきました。例えば、AからBへ意図して変化を起こすというのは、イノベーターが持つ能力の一つです。

日本人は、決まったことを徹底的に最後までやる能力が高い半面、イノベーションに不可欠な、試行錯誤による課題の発見や変化への対応を苦手とする傾向があります。こうした傾向は、天性のものというより、教育に起因するところが大きいと言えます。逆に言えば、トレーニングすれば、後者の能力も身に付けられるということです。ですから、「教育」はイノベーションを興す上で大変重要なことです。

伊佐山:イノベーションにおいて「教育」が大事というのは同感です。一方、日本ではイノベーションを興す要素としての「技術」を重視しすぎており、そのことが最近、教育現場へ間違った方向で影響を及ぼしていると危惧しています。

今日本では、イノベーションを興すためにAIなどハイテク技術を熟知する人材を育成しようとしています。そのため、全員が義務教育でプログラミングを習得することになりました。しかし、私はそういった方向性はまったくの見当違いだと思います。

――イノベーションを興すのにプログラミング学習は不要、ということでしょうか?

伊佐山:もちろんプログラミングの勉強自体が悪いというわけではなく、とくにコンピューターが好きな子は徹底的に勉強してほしいと思います。危惧しているのは、哲学や歴史といった人文科学や情操教育などの分野が、技術に比べて価値が低いと思われていないか、ということです。

シリコンバレーの教育現場ではすでに、これまでの技術面に偏りすぎた思想に対しての揺り戻しが見られます。つまり、テック(技術)の前に、リベラルアーツ(一般教養など)を勉強しなさいということです。

*文:小林 麻理
*本記事は 2018年12月14日 JBpress に掲載されたコンテンツを転載したものです