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2019.10.02

データサイエンスによる破壊的イノベーションに必要なのは「ハングリーな向上心」を持つこと

滋賀大学 データサイエンス学部 学部長 大学院データサイエンス研究科 研究科長
竹村彰通教授インタビュー

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「第4次産業革命が始まっている」という世界的な認識が広がる中で、日本政府も“Society 5.0”を発表。「データを核としたイノベーションの推進」を目指すことで産業と社会とを刷新しようという指針を示しています。現実の社会でも、数年前から多くの企業がビッグデータ解析やAI活用などによるデジタルトランスフォーメーションへ本格的にチャレンジをしていますが、そこで問われ始めたのが、さまざまな意思決定の局面において、データに基づいて合理的な判断を行うための「データサイエンスを身につけた人材」の重要性です。そこで、日本で初めてデータサイエンス学部を創設した滋賀大学の学部長・竹村彰通教授にお話を聞きました。産学官が切望するデータサイエンス人材の育成は、今どうなっているのでしょう。

データ活用を起点としたイノベーションを推進するために

――滋賀大学では全国に先駆けて2017年度にデータサイエンス専門の学部を創設しましたが、その理由とは何なのでしょう? また、ここで竹村先生はどのようなことを教えているのでしょうか?

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竹村彰通(以下、竹村) 学部設立にあたっては、社会課題の解決や産業におけるイノベーションの実現において、データサイエンスが強く求められるようになったという大きな背景がありました。こうした時代背景の下、企業で働く方を対象にしたデータサイエンス関連のセミナーが開催されたり、複数の大学でデータサイエンスに関する講義が始まったりはしています。ただ、真に価値創造を実現できる人材を育成するためには短期間の断片的な学びではなく、一定の期間をかけ、なおかつ広い視野をもって学びを進める必要があるのではないかと感じていました。

私たちのデータサイエンス学部では、大きく分けて3つの学びに注力をしています。1つは、データを扱う道具としてのコンピュータの活用法。2つ目は、データ解析において問われる統計学的な専門性。そして3つ目が、これらの手法や知識をどのように活用すれば、新たな価値を創造できるかという考察を究めていくことです。つまり、単にデータについて学ぶだけでなく、その利活用の局面で求められてくる幅広いスキルや、倫理観も含めた発想の仕方について総合的に学ぶことができる環境を目指しています。こうした取り組みが注目され、学部への志願者は年々急増をしています。さらに、2019年4月にスタートした修士課程で学んでいる学生の大部分は企業から派遣された方、つまり企業で活躍中の方々が業務として学んでいます。

――データ活用を起点としたイノベーションの推進において、日本は世界から立ち遅れているとの指摘がありますが、竹村先生は実情をどう捉えていますか?

竹村 確かに、デジタルトランスフォーメーションで著しい成果を上げているのは欧米や中国であり、日本は遅れを取っているとも考えられます。その要因の1つが日本企業の多くに残る成功体験へのこだわりではないかと思います。世界的に成功した日本企業は多数ありますし、今もなお高い収益を得ているのは事実です。「変わらなければ世界から置いていかれる」との危機意識は一部で高まっているものの、その緊張感が組織内にくまなく広がっているかというと疑わしいところもあります。最近でも外交問題で明らかになったのは、ハイテク素材分野における日本の強さでした。日本の産業競争力は決して悲観すべき状況ばかりではないのです。しかし、過去のイノベーションの成果にいつまでも頼ってはいられません。こうした強みを生かしていくためにも、データ活用を大急ぎで進めていくべきなのです。

産業界だけの問題ではありません。過去の成功によって日本社会は、世界に誇れるほど便利で生活しやすい環境を実現してきました。例えば、中国などでキャッシュレス化が急進しているのに日本ではなかなか進まないわけですが、その実情を生み出している一因に生活者の意識があるのではないかと思うのです。「今までの現金主体の決済手法でも十分便利だから大きな問題は感じない」という意識があれば、破壊的イノベーションはなかなか進行していきません。逆に社会インフラの整備が進んでいない状況では、破壊的イノベーションを生活者もまた強く望んでいますから、自然に変革が受け入れられていくわけです。

大切なのは、企業も個々人も国も地域社会も、どこまでハングリーにイノベーションを求めていけるか。それによって成長や進化に差が生じていくのではないかと思います。そして、これからの時代のイノベーションの多くがデータ活用にかかっていることは間違いありませんし、そうした局面ではデータサイエンスを理解し、活用できる人材が不可欠になっていきます。実際、AI活用やビッグデータ解析などで真価を発揮するデータサイエンティストの争奪戦が世界レベルで展開されています。「統計学分野の博士号取得者がアメリカには600人もいるのに日本にはいない」などという現実を、大急ぎで変えていかなければいけません。

データサイエンティストに必要なバランス力とは

――そんな中でも意識の高い企業は滋賀大学のデータサイエンス研究科で社員が学ぶことが出来る環境を用意しているのだと思いますが、今後データサイエンティストとなる人材を企業や社会が育成していく上で重要になってくる要素があれば教えてください。

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竹村 先ほども触れたように、今や高い専門性を持つデータサイエンティストの獲得に世界中の企業が乗り出しています。これからそうした人材を採用しようとしても、なかなか容易には実現しません。AIやデータ解析を専業とするようなスタートアップやベンチャーとの連携によって、いわゆるオープンイノベーションを成功させようという動きも盛んになりつつありますが、そういう流れにおいても社内に一定の専門性を持つ人材は必要になってきます。そのため、自社の人材に教育を受ける機会を与えようという企業が日本でも増えているわけですが、ここで重要となるのがデータ活用という局面で求められる知見に対する理解です。「ビッグデータを処理する上で必須となるコンピュータ技術であったり、データ解析で必要となる統計学の知識であったりを習得するだけでは不十分である」という理解が、企業経営者をはじめとした社会課題解決を目指す関係者の方々には不可欠です。

なぜなら、今日のイノベーションで注目されているデータ資源の多くは個人情報に由来するものだからです。個人情報は元来、厳正に保護されるべきものです。しかもその取り扱いについては、国や地域によって考え方が違いますし、付随する法律や規制も違います。例えば、アメリカに本社を構えるGoogleやAmazonは個人情報の有効活用で破壊的イノベーションを進めていますが、ヨーロッパではそのビジネス手法に疑問符がつけられ、規制を加えていく動きが強まっています。ヨーロッパ独自の個人情報保護規制であるGDPR(General Data Protection Regulation)への対応は、グローバルにビジネスを展開する日本企業にも当然問われてきます。

国内に目を転じても、個人情報を本人への十分な説明がないままに顧客企業に提供した企業や、そのデータを購入した企業が社会的な批判を浴びたという事例がありました。これもまたデータ活用時代の大きな課題を示しているといえます。つまり、データを取得し、解析し、事業化していく過程では、倫理もまた問われるのだということです。

今後、企業や社会にイノベーションを興す上でデータサイエンスを学んだ人材は重要不可欠になりますが、テクノロジーのみを学んでいても本当の意味でのイノベーションにはつながりません。テクノロジー以外の多様な分野や国際社会の法規制に関する理解、さらには倫理も含めた見識もまた問われるのだということを心得た上で、人材の育成にあたる必要があると私は考えます。数日間で終わるような短期的研修カリキュラムによって、基礎中の基礎を多くの人が学んでいくことは良いことだと思っていますが、それだけでデータサイエンスをビジネスで活用できる人材が育つわけではないことは理解すべきでしょう。

――最後に、これからデータサイエンスを学ぼうという個人に向けて、どんなことを望んでいるのかを教えてください。

竹村 私が願っているのは、一人一人が「データを起点にして世の中を変えていく」という強い意志を持ってくれることです。先ほど申し上げたように、国内外でさまざまな課題や議論が発生してはいるものの、これからの社会がデータによって破壊的な変革を遂げていくのは間違いありません。日本のデータ活用が遅れている要因として、過去の成功体験があることを挙げましたが、見方を変えれば、その成功体験によって得た資産が今でも世界的に評価されてもいます。そうした価値ある資産にデータ活用という新しいアプローチを加えていくことで、日本にしかできないイノベーションが必ずあるはずです。例えば、ものづくり産業などでは、少子化や産業構造の変化によって、かつての熟練技術者のノウハウが継承されないのではないか、という懸念が広がっていますが、これらのノウハウを何とかデータ化していこうというアプローチを始めた企業もあります。こうしたチャレンジに、意欲的に取り組んでいくデータサイエンス人材が次々と生まれていくことを私は望んでいます。そして同時に、すでに企業経営を担っている方や、マネジメントする立場にいる方々にも、もっとハングリーにデータサイエンスがもたらすインパクトに期待し、自ら学びを深めていってくれることを期待しています。

【本記事は JBpress が制作しました】