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2020.02.12

これからの人事部門は開発部門になるべきだ

企業の魅力を測る物差しは社員エンゲージメント、試される人事の力

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慶應義塾大学大学院経営管理研究科
特任教授 岩本隆氏

労働者人口の減少とグローバル化の進行によって、採用市場で日本企業が苦戦するケースが目立つようになった。こうした時代に、テクノロジーで人事に変革を及ぼす「HRテクノロジー」はどのように企業の人事、そして経営に影響を及ぼすのだろうか。日本のビッグデータ活用を推進する気鋭のHRテクノロジー研究者である、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授に、欧米での先行例と日本企業の課題と打開策について聞いた。

変数化する社員の生産性

—— これまで日本企業の人事部門は、どのように経営に貢献してきたのでしょうか。そして、現在はどのように変化してきていますか。

岩本隆氏(以下、岩本氏) 日本企業に限らず、旧来の人事部門では事務作業が大きな割合を占めていました。しかし、現在は事務作業の大半を、クラウドなど進化したテクノロジーに任せられるようになっています。欧米では、そうした作業を人間がする必要がなくなったため、旧来型人事部門不要説も実際出ています。

さらに、第4次産業革命により、あらゆる業種のサービス業化が進めば、1億円稼ぐ社員も1000万円しか稼げない社員も出てきます。社員の生産性が変数化するということで、パフォーマンスが評価のすべてであるプロスポーツやお客様がその価値を決める芸能界などに似てきているのです。経済産業省も企業経営における人材戦略の重要性を指摘しています。

一方で、日本には金太郎飴を作るような量産型製造業が多く、そうした企業では、生産性のほとんどは設備によって決まり、社員の生産性は定数、誰がやっても同じでした。ですから、現在の急激な人材の変数化に対応しきれていません。これが、日本企業が遅れている理由です。

しかし、機械にできることは機械に任せ、人間が付加価値の高い仕事だけをするこれからの時代は、必要な人材マネジメントの手法が従来と異なりますし、人材マネジメントがこれまで以上に直接的に業績に影響を与えるようになります。労務管理を行う間接部門であった人事部門が、人材をマネジメントする開発部門になるのです。データを集め分析し、経営者が使いやすい形でアウトプットする、そのための仕組みの設計や導入をするという仕事が生じます。人事部門の役割はますます重要なものに変化していくのです。

—— ほかにも日本が遅れている要因はありますか。

岩本氏 人事の仕組みそのものにも、日本企業の遅れの原因があります。日本では年功序列・終身雇用という、社員が安心して働ける仕組みが根付いています。ところが、人事のデータ化を導入し、財務データと連携させると、給与が高い割に業務に貢献できていない人、主に高齢社員の存在が際立ってしまうのです。自分自身も年功序列・終身雇用の組織で出世した経営層の多くは、これを避けたがります。労働組合を気にするケースもあるでしょう。

また、人事にはすでに、給与計算システムや採用システムなど、オンプレミスのシステムが複数導入されているケースが目立ちます。10社以上の別システムを同時に個別使用している企業もあるほどです。すると、それぞれのシステムでデータを記録はしていても、互いに統合し活用できるようにはなっていません。こうしたシステムを一括してクラウド化する決断ができないケースもあります。

また欧米では、CHRO(人事最高責任者)という役職を置く企業が増えています。CHROは人事部門の部門長ではなく、経営層の一員です。CHROは経営会議に出席するだけでなく、CEO、CFOとともに、G3(Group of 3)と呼ばれる会議を頻繁に行っています。CFOが定量的にファイナンスを語るのと同じように、CHROは人事を定量的に語ります。それができるのは、社員についてのデータが分析しやすいように管理されているからです。日本はここでも遅れています。

日本企業が人事を変えるとなると、真に難しい課題は後回しにされ、「できるところから」となりがちなのです。これでは人材に関する変革はなかなか進みません。

—— どういったところから日本企業は手を付けるべきでしょうか。

岩本氏 様々なフェーズがありますが、最近目立つのは、採用ブランディングの強化です。新卒採用は予算が付きやすいわりに、サイトが軽視されているケースがあるのですが、本来ならば、学生が求める情報を掲載し不要な情報は掲載せず、常時アップデートされるような魅力的なサイトを用意すべきです。そこに熱心に取り組んでいる企業と、そうでない企業の差が大きくなっています。

ただ魅力的なサイトを作るだけでなく、その存在に、企業が求める人材に気付いて見てもらう必要もあります。これにはAdTech(アドテック)が活用できます。たとえば、メガバンクが求める人材と商社の求める人材に共通点が多く、奪い合いになるのであれば、メガバンクは、商社のサイトを訪問したことのある学生に広告を打つといったマーケティングの導入などは比較的わかりやすい分野です。

実は新卒採用は、内定を出すところまでほぼテクノロジーでカバーできます。企業で採用面接を行うのは、そのときだけ社内から担ぎ出される面接の素人であることが大半で、判断を誤ることも多いので、面接すら不要になりつつあります。ユニークなところでは、村田製作所が採用面接に自社製のロボットを導入しています。応募者ばかりが話し過ぎていないかをチェックするなど、面接でのコミュニケーションの見える化を促進するためです。

そうした部分をテクノロジーに任せて人は何をするかというと、内定後、入社までのコミュニケーションです。特に、新卒採用は人数が多いので、この部分は人事担当者だけでなく入社2、3年目の若手が担うケースもありますが、こうしたときに若手が自社の魅力を語れないと、内定者を納得させられません。ここはテクノロジーでは人間を代替できません。ですから、人事は若手社員に対して、自社の魅力をしっかり伝え、理解してもらう必要があります。

また、昨今では、エンプロイー・エクスペリエンス(Employee Experience)といって、
従業員がその企業に入社することで、どのような「経験」を得られるか、といった考えも重要視されています。企業側は、これらを意識して面接をおこなわないと、内定者にも魅力が伝わらず、大手企業であっても人材をアップルやグーグルなどの外資系に奪われてしまいます。

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エンゲージメントを高める因子とは

—— 企業の魅力を測る物差しはいくつかありますが、特に最近重視されている基準はどのようなものですか。

岩本氏 エンゲージメントです。ただ、エンゲージメントという概念はそう新しいものではありません。企業と従業員が婚約しているような状態、一緒にいるとワクワクし、互いにコミットするような状態であればいいのですが、日本ではまだまだ企業と従業員が対等ではない。親子に近い状態の企業もあります。このままでは、金太郎飴的な状況から脱出できません。イノベーションを起こし、ビジネスを成長させるためにもエンゲージメントが重要で、それを高めるための経営が必要になってきます。

エンゲージメントを高める因子については、海外で研究が進んでいます。イギリスの研究では、経営者が戦略ナラティブを提供していること、ラインマネジャーが従業員をエンゲージできること、社員の本音が経営層に伝わりやすいこと、経営に言行の一貫性があることなどが因子として挙げられますが、これは国によっても企業によっても異なります。これも分析を進めることで、何が自社のエンゲージメントを高めることにつながるか見えてくるはずです。

エンゲージメントの調査は年に1回か2回というところもあるようですが、より頻繁に行ってPDCAのサイクルを高速に回すことが重要です。エンゲージメント向上に熱心な企業では、金曜の夕方に調査をして翌週月曜の朝には結果が明確になり、人事部門から各部署に、どこをどのように改善すべきか、ポイントが伝わっているようなサイクルで回しています。調査のコストは下がっていますから、導入はそれほど難しくないはずです。

—— そうした調査や分析も人事部門が率先して行うべきでしょうか。

岩本氏 その通りです。欧米では、人事のプロとデータサイエンティストが所属する、ピープルアナリティクスなどと呼ばれる新組織が担うことが増えています。特に若手の人事担当者は、データ活用できるようになると、社内でもできることが増え、これまで以上に経営に貢献できるようになります。

付け加えると、人事の経験があってデータ活用も理解できるようになると、人事以外の、ファイナンスやマーケティング部門でも活躍が期待できます。欧米では、そうやってデータサイエンティストとしてキャリアを積んでいく人も増えています。特に、人事というのは、ライフサイエンスの中でも最後の未開の地である“人間”を対象にしていますから、ここでの経験はどこへ行っても活きます。この分野では、パソコンなど身近なツールを使って解決すべき課題はまだまだあります。

経営者の視点に立てば、データ活用に積極的な人材を登用し、人事の経験はなくてもビジネスが分かる人材を人事に配置することでデータ活用が進み、成果が期待できるということですし、積極的に変わらなければ、競合からも取引先からも置いていかれることになるでしょう。つまり、一刻も早く始める企業が有利だということです。これからは人事担当者の姿勢が、その当人だけでなく、企業の未来も大きく左右することになっていきます。人事担当者にはそうした自覚を持って、新たな開発に取り組んでほしいと考えています。

【本記事は JBpress が制作しました】