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2019.10.29

シリコンバレーはHP創業の「ガレージ」で生まれた 今も変革が続く、その理由とは

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シリコンバレーといえば、アメリカ西海岸の自由な雰囲気の中、開放的でおしゃれなオフィスのテクノロジー企業で若者たちが新しいITビジネスを生み出している──そんなイメージを持つ人が多いはずだ。

そうしたシリコンバレーのスタートアップの元祖といえるのが、ビル・ヒューレットとデイブ・パッカードが共同創業した旧Hewlett-Packard Company(HP)だ。同社の創業の地である米カリフォルニア州パロアルトの小さなガレージは、「シリコンバレー発祥の地」として同州の歴史的建造物に指定されている。

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シリコンバレー発祥の地にカリフォルニア州に指定されたガレージの扉を開けるビル・ヒューレット(右)とデイブ・パッカード

オーディオ発振器から始まったHPは、時代と共にビジネスドメインを変化させ、テクノロジーで世の中の変化を支えてきた。

HPの創業からこれまでを振り返ると、シリコンバレーの源流、そしてこれから生まれる未来の形が見えてくる。

ガレージで生まれたスタートアップ 大手IT企業への変遷

ことの起こりは1930年代にさかのぼる。スタンフォード大学で電気工学を学んでいた同級生2人が、同大学で教えていたフレッド・ターマン教授(後にシリコンバレーの父と呼ばれる)に勧められ、当時538ドルの運転資金で起業したのがHPだ。最初に作ったのは、音声装置をテストするために使われるオーディオ発振器だった。

「初の顧客はウォルト・ディズニー・スタジオで、映画『ファンタジア』のための音響機器の開発、テスト用として使われました」と振り返るのは、30年以上にわたってHPに勤める日本HPの九嶋俊一専務執行役員(パーソナルシステムズ事業統括)。

ガレージで創業、スタートアップとしてオーディオ発振機のビジネスから始まったHPは1943年に、マイクロ波市場に参入する。1956年にはオシロスコープを製品化し、計測器メーカーとなった。

「HPは計測器の会社として業界のリーディングカンパニーになりました。当時、モノを測るということは、設計にとっても製造にとっても非常に重要。世界最高レベルの精密さでモノを計測できる機械を作ったことで、HPは市場を席巻し、企業として成長するきっかけになったのです」

計測器市場への参入と成長で、テクノロジー企業への一歩を踏み出したHP。現在につながるコンピューターの先駆けとして、複雑な計算を行うための関数電卓を世界で初めて生み出したのも同社だ。1968年に世界初の卓上関数電卓「HP 9100A」を発表した際に、「パーソナルコンピューター」という言葉を初めて使ったのもHPだと言われている。

「研究所を作ったのも古く、HPラボが設立されたのは1966年のこと。そこでさまざまな基礎研究を行いながら、新製品を次々と生み出していきました」

時代ごとの先端事業を掛け合わせ「情報の会社」へ

このように自社での事業開発を行ってきた一方で、HPは数々の買収を行ってきた。初の買収は、プロッター(ペンを動かしてベクターイメージを印刷するコンピュータの出力機器で、主にCADの図面印刷用に使われた)のメーカーを買収した1958年のこと。これが今でも事業の柱の1つであるプリンター事業の一角を担っている。

コンピューター事業では、1989年にエンジニアリングワークステーションの草分け的存在であるアポロコンピュータを買収し、同社が持っていたソフトウェア技術をHP独自のUNIXであるHP-UXに統合。HPはOSの標準化を目指すアライアンスで大きな役割を果たし、OSF/1というUNIX OSの設立に寄与した。メインフレームによる中央集権的コンピューティングから分散コンピューティングへの流れの中で、管理用ミドルウェアであるHP OpenViewを開発。この管理ノウハウは現在の製品にも生かされている。競合各社と戦っていく中で、ワークステーションのDNAは、HPのZシリーズに引き継がれており、同社の技術的象徴ともなっている。

午前9時から午後5時まで工場のラインで規則正しく働く時代から、1990年代には情報の時代に変わることをHPは敏感に感じ取り、コンピューター事業を急拡大して「情報の会社」へと進化していく。

PCとプリンター、それぞれの「源流」

ここで少し、HPのPC事業の歴史を振り返ってみよう。HPは1980年に初のパーソナルコンピューターを発表し、その後1990年代には日本でも大変な人気を博した「HP-100LX/200LX」など手のひらサイズのPCも作ってきたが、「PCの成長はコンパックとの合併が大きい」と九嶋氏は言う。

「HPはどちらかというと大きいコンピューターが強く、コンパックはPCの物作りや仕組みで圧倒的に強いところがあって、そういう2社が一緒になった。HP自身が持っていたシリコンバレーらしいイノベーションのカルチャーや企業風土と、大量にモノを作って回していけるコンパックとがうまく融合して、今のHPのPC文化が創られたのかもしれません。新しいものを取り込み、それを量産することが両立できるようになり、今、とがった製品を出せるところにこぎ着けました」

HPは、現在のペンコンピューティングや2-in-1スタイルを予見するかのように、ペン操作可能なタブレットに変化するPCや、コンバーチブル型と呼ばれるディスプレイが回転するPC、さらにディスプレイが緩やかに湾曲しているカーブドディスプレイなど、さまざまなコンピュータの形にチャレンジしている。

一方、もう一つの主力事業であるプリンター事業も、過去から現在、そして未来へとつながる進化の系譜がある。

「HPは、1984年に世界初のサーマルインクジェットプリンターHP ThinkJetを発表しました。HP ラボがインクジェット技術を小型化し、優れた品質、静音、低消費電力を実現したサーマルインクジェット技術は、今のプリンター事業を支えるテクノロジーだといえます」と九嶋氏。

その後もHPは、大型化や複合機化など技術の応用範囲を広げるとともに、カラーインクジェットプリンターの低価格化を推進し業界をリードし続けている。HPのサーマルインクジェット技術は、現在の環境性能に優れた業務用大型プリンターや3Dプリンターにもつながる。2016年に発売されたHP初の3Dプリンタ―は同等クラスの3Dプリンタ―と比べて約10倍の造形スピードを可能にし、製造業のものづくりに採用されている。3D印刷をするには、そのデータを作る高性能なコンピューターが必要で、強力な3Dグラフィックス機能が必要になる。そこには、ワークステーションのマシンパワーが生きている。

「PCとプリンターの関係性の先にある、グラフィックスワークステーションと3Dプリンター、さらにはVRのような世界って、実は両側でつながっているんです」

過去から現在、そして未来へと続く「HP Way」

HPが目指し、長年に渡って築きあげてきたのは、人々の暮らしを豊かにするテクノロジーを開発し続ける文化とそれらに貢献する人の育成だ。将来の活用拡大が見込まれる3Dプリンターに加え、PCのさらなる研究も重ねている。

「PCはこれからも形を変えていくはずです。PCのUI(ユーザーインタフェース)は長いことキーボードが主役でしたが、人間とコンピューターの接点がどうあるべきかは、次世代の情報と人間の関係性を考える中で、大きなポイントになります。例えばVRもその一つになるかもしれないし、もしかしてハプティクス(触覚技術)かもしれない。脳とコンピュータが直接つながる世界もあるかもしれません」

ただ、テクノロジー黎明期の20世紀においては、新しいテクノロジーであれば日本円にして100万円を優に超える新製品でも受け入れられてきたが、現在では事情がやや異なる。テクノロジーを通じて現代の世の中にインパクトを与えるには「世界的トレンドの読み方」がポイントになると、九嶋氏は語る。

「技術が成熟して、商用製品としていつ使えるようになってくるかを読み続けるのが大事ですが、それ以上に人間を見ることも重要です。その人たちのマチュリティ(成熟度)によって、テクノロジーが受け入れられるか否かが決まります。技術の成熟度と、受け入れ側のリテラシーがクロスしないと新しいものは受け入れられない。世界的な人口動態など大きな流れを見つめながら、タイミングよく新しい製品、新しい技術を開発していきます」

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日本HP 九嶋俊一専務執行役員(パーソナルシステムズ事業統括)

数多くのスタートアップが生まれては消えていくシリコンバレー。その起源でありながら、今までトップグループとして走り続けている秘訣は何だろうか。

「もちろん、たくさん失敗もしていますよ。新しいことにトライすることを止めてしまうとベンチャー企業的な面白さがなくなるので、基本的な会社の考え方としては、失敗を許容し、失敗した人をちゃんと褒める。失敗しても大事な経験が生まれているのです」

このことは、創立時から今につながる企業理念「HP Way」に通じる姿勢でもある。ビル・ヒューレットはHP Wayについて、かつてこのように語っている――。

「人間は男女を問わず、良い仕事、創造的な仕事をやりたいと願っていて、それにふさわしい環境に置かれれば、誰でもそうするものだという信念に基いた方針であり、行動規範だと言えます。」

「HP Wayは常にバージョンアップされています。人は環境さえあれば、誰でもいい仕事をしたいと思っている。マネジメントとは『環境』を提供する仕事。いい環境を提供すれば、イノベーションは現場から起こってくるのです」

【本記事は2019年10月15日、ITmedia NEWS SPECIAL に掲載されたコンテンツを転載したものです】