2020.03.16

次世代型店舗を創ったパルコのマーケティング哲学

アフターデジタル時代に進化するマーケティング最前線 Vol.1

リンクをクリップボードにコピーしました
img

<Brand Owner>
株式会社パルコ 執行役 CRM推進部、デジタル推進部担当 林 直孝氏

<Interviewer>
株式会社 日本HP 甲斐 博一

攻めと守りを両立する新部門

甲斐:「体験創造マーケティング」ブランドオーナーインタビュー記念すべき第一回です。題名にふさわしく昨年新しい次世代型商業施設「渋谷PARCO」を開業されたパルコさんにぜひお話を伺いたいと思っていました。まずはじめに、林さんの管轄されるグループデジタル推進室(2020年3月より「デジタル推進部」と「グループ情報システム推進室」に改組)は2017年に新設されたそうですね。どのような部門なのでしょうか。

林:2016年まで私が責任者をしていた店舗のデジタル化を推進する部門と、従来からあったIT部門をひとまとめにした部門です。分かりやすく言えば、攻めと守りのITを1つのチームにした部門です。推進室内には店舗のデジタル化推進担当と情報システム担当の分け目はありますが、誰もが攻めにも守りにも参加するサッカーチームのようなイメージです。部門の統合により、基幹系とアプリのデータ連携が必要になるような開発もスピーディーに行えるようになりました。

img

株式会社パルコ 執行役 CRM推進部、デジタル推進部担当 林 直孝氏

甲斐:なるほど。店舗を見る部署とIT部署が一体となったのですね。ITに造詣が深い林さんのバックグランドだからこそできたのではと想像しますが、マーケティングはどのような体制で行なっているのでしょうか。

林:アプリの運用はCRM推進部が行います。そこから上がってくる集客や販売促進などの課題を、グループデジタル推進室がアプリの開発に反映するというのが基本です。一方で、グループデジタル推進室には顧客情報を分析するチームがあり、そこでの分析結果を基にCRM推進部が店舗での企画を立てる場合もあります。当社ではこの流れを、PDCAをもじってDAPC(Data→Analytics→Planning→Communication)と呼んでいます。データの蓄積と分析をグループデジタル推進室で行い、プランニングとコミュニケーションをCRM推進部が行います。そして、コミュニケーションを実行した後のデータを再度蓄積して、DAPCを繰り返します。本年3月の改組によりDAを担うデジタル推進部とPCを担うCRM推進部が同じ店舗事業部門で協働しながらさらにDAPCの速度を上げていきます。

甲斐:グループデジタル推進室がデータを一括で収集しているということは、オンライン・オフラインを区別せずに分析しているのでしょうか。

林:はい。その点で言うと、「PARCO」は商業施設(以下、SC)ですから、PARCOに来店されるコミュニケーションの部分は店舗を持つ各ブランドが行うのが基本です。もちろん、「PARCO ONLINE STORE」というECサイトはありますが、各ブランドのECサイトとは異なり、店舗での販売を補完する役割を担うものとなっています。多くのECサイトの場合、一般的に在庫はECサイト用の倉庫にあり、店舗がECサイト側の在庫に関与することはありません。一方、「PARCO ONLINE STORE」では店舗の在庫を店舗のスタッフが発送しています。オンライン上で買い物ができるだけでなく、あくまで店舗で試着をしてから購入するものの、オンライン上で取り置きをしておきたい、といったニーズに対応するためです。

次代の店舗の在り方を問う「PARCO CUBE」

甲斐:パルコさんではそうした顧客のニーズに応えるべく、デジタルの活用やオムニチャネル化に注力されていますね。今に至る経緯を教えていただけますか。

林:発端は2013年のWebサイトのリニューアルにさかのぼります。リニューアルに先立ってプロジェクトチームがさまざまな検証を行いました。その中で一部の店舗でテナントスタッフのブログを検証したところ、当時O2Oの効果で来店促進や売上向上といった好循環を生み出せていると分かったのです。これを受け、全国のPARCOに出店しているショップそれぞれでブログ発信できるようにショップブログを整備し、同時にスマートフォンへの最適化も実施しています。

リニューアル後のブログの効果は大きく、取り置きや配送のニーズが増えたことから、ブログのページにカートボタンを取りつけることになり、現在のECサイト「PARCO ONLINE STORE」の前身となる「カエルパルコ」が誕生しました。

甲斐:2014年10月には公式アプリ「POCKET PARCO」をローンチされています。当初の計画よりも前倒しされたそうですね。

img

2014年10月にリリースしたスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」

林:当時、ウェブサイトよりもアプリの利用が増えているのは肌感覚で明らかだったので、14年の春にプロジェクトをスタートして開発期間半年ほどで、まずは福岡PARCO新館の開業のタイミングに福岡PARCO限定で、その後15年春に全国へのローンチとなりました。アプリのメインコンテンツは、ショップブログとそのブログ記事にカートボタンがついた「カエルパルコ」です。ブログ記事をお気に入り登録(クリップ)することもできます。その他、来店時にアプリを立ち上げると「チェックイン」ができ、館内での歩数をカウントする機能「PARCO WALKING COIN」が利用できます。チェックインしたり館内を500歩歩くとコイン(アプリ内でのポイント)が付与されます。またアプリに登録した「PARCOカード」(クレジット機能付ハウスカード)での購入や購入後のショップへのサービス評価でもコインが付与されます。なお「PARCO WALKING COIN」には、2020年3月にクリップや購入の履歴に基づいておすすめのショップをレコメンドする機能を実装予定です。

甲斐:歩数をカウントできるとはSCらしい仕組みですね。

林:はい、パルコとしては来店の際に多くのショップに立ち寄ってほしいと思っています。オンラインでは目当てのブランドを検索してそこにとどまってしまうことが多いですが、リアル店舗では目的のショップへ来店する前後に当初の目的には入っていなかったブランドの前を通るわけです。そこでちょっとした回遊を生み、それがお客様の新しい発見になることも多く、そのために導入した仕組みです。これはリアル店舗が持つ価値の一つだと思っています。

甲斐:2019年11月には、渋谷PARCOを約3年にわたる建て替え工事を経て開業されました。デジタルテクノロジーをふんだんに活用された新しい体験提供店舗となっており、5階で展開しているオフラインとオンラインが融合したオムニチャネルショップゾーン「PARCO CUBE」も注目されていますが、従来の考え方とは異なっている点が興味深いです。

img

2019年11月に開業した新生「渋谷PARCO」の5階に設けられた「 PARCO CUBE」

林:まず、従来とは違う点について説明します。単に購入するだけならオンラインの方が検索しやすく、ストレスも少ないことは明らかです。オムニチャネル化を進めるには、店舗の役割が進化しなければならないと私たちは考えています。わざわざ店舗に来るお客様はコーディネートの提案をしてほしいと思っているかもしれませんし、商品に実際に触れて納得して購入したいと思っているかもしれません。一言で言えば接客であり、その実店舗ならではの価値を最大限に引き出す必要があります。
そこで、今後の方向性を提案する売り場として展開しているのが「PARCO CUBE」です。出店する11店舗は、それぞれ従来の約半分の売り場面積のため店頭在庫は戦略商品に絞り込み、その他の商品を購入したいお客様は店頭にあるサイネージやタブレットから、「PARCO ONLINE STORE」内の商品を検索し購入ができます。従来の「PARCO ONLINE STORE」では店舗の在庫を販売していますが、「PARCO CUBE」では、出店しているショップのオンラインストアの在庫データを連動しています。ここが今までとは違う新しい点です。決済はオンラインであってもあくまでも接客はリアル店舗なのです。今後はリアルとECの売上比率などを検証し、出店いただいているブランドさんと一緒に次の展開に生かしていきます。

甲斐:その他にも新しい体験提供がいくつも企画されています。

林:もう少しPARCO CUBEの話を続けますが、先ほど申し上げたサイネージやタブレットは詳しく話すと、お客様のスマートフォンと連動します。ディスプレイに表示されるQRコードをスマートフォンで読み取っていただくと、サイネージで選んだ商品情報がスマートフォンに転送されるようになり、選んだ後はスマートフォンでお買い物ができる仕組みになっています。

甲斐:これもまさにリアルとデジタルの一貫した融合ですね。

img

「PARCO CUBE」内に設置されたサイネージ

データとテクノロジーを駆使して、SCの新たな文化を創る

甲斐:まだまだ次世代店舗の仕掛けについてはたくさんあると聞いています。IoTやAIといった新たなテクノロジーも重要なキーワードになると思いますが、これらの活用についてはどのように考え、取り組んでいらっしゃいますか。

林:顧客の行動を分析し、利便性を高めるような提案は今後も進化すると思います。これまではスマートフォンのアプリ会員以外の行動は分析できませんでした。今後、IoTのデバイスが活用できるようになれば、分析は質・量ともに飛躍的に変化する可能性があります。
一方でパルコとしては、店舗の空間や接客など、テクノロジーを使ってリアルの体験の価値をより高めていきたいと考えています。例えばスマートグラスのようなものが普及してくると、歩くだけで今まで目に見えていない情報を加えて表示することが可能になります。ARはSCを回遊するだけで最新の情報を人間の目に入ってくる物理的空間が発信する情報とコンピューターが発信する情報を融合させていくことが可能になるわけですから、体験自体がより高度化され、店舗での体験はこれまでにないものになります。普及には時間がかかるかもしれませんが、ショッピング体験をより豊かにできるARやVRのような分野にはどんどんチャレンジしていきます。渋谷PARCOでも5階の吹抜け空間でARを活用した3Dアート作品の常設展示などさまざまな取り組みを行っています。

img

パルコが考えるテクノロジー活用の目的

甲斐:お話を伺ってみて、林さんをはじめ、パルコさんにはテクノロジーへのリテラシーが高い方が多くいらっしゃるなと感じたのですが、人材の採用や育成についてはどのように考えていますか。

林:パルコには、新しいものが好きな人や探求心が強い人が多い、ということがベースにあります。私が任されたWebサイトリニューアルのプロジェクトは、社長のアドバイスもあり、社内のデジタルネイティブ世代を中心にチームを結成しました。当初6人でスタートしたデジタル部門は現在30人ほど。約半数が専門知識を持った中途採用の人材になっています。業務内容もより専門的・先進的になっていることから、社外の知見も取り込みながらやっていこうという段階です。

img

甲斐:いま思われている今後の課題は何ですか。

林:途中で少し触れましたが、SCとしての価値をさらに高めていくには、来店者に複数のショップを使っていただけるような取り組みをしていかなければならないと思います。こうした買い回りが重要であることは、アプリで蓄積したデータにも表れています。1つのショップでしか買い物しなかった人と複数のショップで買い物した人を比較すると、前者が翌年にも同じショップを訪れる確率はかなり低い。1つのショップで顧客を囲い込む風土を取っ払って、情報をパルコやショップ間で融通し合うことが顧客満足度の向上につながると考えられます。
今や誰もが使っているスマートフォンや今後普及が期待されるスマートグラスのようなデジタル機器に向けてテクノロジーを活用することで、アナログでは難しいデータ収集や分析が容易になり、顧客サービスの選択肢も飛躍的に増えます。データの活用方法は注意が必要ではあるものの上手に情報を共有し、顧客満足度を高める買い回りのような具体的なゴールが設定できれば、お客様のショッピング体験がより豊かになり、各ブランドさん間での買い回りも増え、Win-Win-Winの関係が構築できると考えています。

株式会社 日本HP 甲斐 博一

<インタビューを終えて>

昨年後半に話題となった渋谷PARCOの次世代型商業施設のニュースに触れたとき、テクノロジーに明るい方が裏側にいるに違いないと思ったのだが、それが今回取材を受けていただいた林さんだった。デジタルがフィジカルを包み込むアフターデジタルの世界においてその具体的実現に向けては順番がある。デジタルワールドでしっかりとビジョンを持ったうえで、戦略を構築しながらデータを統合しゴールに向けたロードマップを立て、できるだけ早く実現していくことがまずは重要。その後に物理世界を包含していくことでお客様体験をより豊かにすることができる。このサイクルは途中で失敗や修正があったとしても早ければ早いほどよい。今回の取材で2013年に描いたビジョンが試行錯誤を繰り返しながらも5年あまりをかけて実現されていることがわかったが、その過程においてIT部門とCRM部門が統合しながら発展してきていることが重要だと感じた。またあくまでも店舗を中心にする姿勢はぶれずに貫いているからこそ他商業施設の実現形態とはまた別の形があり、それがお客様をつなぐアイデアに昇華されていることに関心した。渋谷PARCOのテクノロジーが織りなす体験世界は今後の商業施設の基礎となっていくだろう。しかしながらその体験創造の裏側にあるぶれないビジョンとテクノロジーに関するリテラシー、そしてデータの有効活用こそがそれを支えていることを忘れてはならない。HPのテクノロジーは裏側でも表側でも活躍が可能だ。今後パルコさんの描くビジョンのもと、HPのテクノロジーが描く表側の世界、そしてお客様を店舗以外でつなぎとめていくダイレクトメディアなどの裏側の世界での協働をしてみたいと強く感じる取材となった。


【本記事は JBpress が制作しました】