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2020.03.30

「顧客」×「個客」発想で進化するビームス流マーケティング

アフターデジタル時代に進化するマーケティング最前線 Vol.3

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<Brand Owner>
株式会社ビームス 事業企画本部 コミュニティデザイン部 部長 矢嶋 正明氏

<Interviewer>
株式会社日本HP パーソナルシステムズ事業統括 コマーシャルマーケティング部 部長 甲斐 博一

長らく不況が叫ばれるアパレル業界において、業績堅調なセレクトショップ「ビームス」とはいえ、デジタル化の進展とは無縁ではいられたわけでは決してない。業界に先駆けてECサイトを立ち上げ、紆余曲折を経ながらオムニチャネル化を推進、オンラインとオフライン(リアル店舗)との融合をけん引してきた。今回は、同社の事業企画本部コミュニティデザイン部 部長、矢嶋正明氏にデジタル時代とその先のマーケティングの在り方、捉え方について伺いました(聞き手は、株式会社日本HPで長年マーケティングを率いてきた甲斐博一)。

実店舗とECサイト、2つの顧客データを統合

甲斐博一(以下、甲斐) 改めまして、ビームスにおける矢嶋様の役割・ミッション、現在の仕事内容などについて教えてください。

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矢嶋正明氏(以下、矢嶋) ビームスのEC事業の立ち上げに携わった経緯から、私の名刺には過去14年間「EC」の文字が常に入っていたのですが、2019年9月に組織変更があり、私の役割も新たなフェーズに入りました。販売チャネルとしてのECに留まることなく、店頭における販売・接客からECまでを含めて横断的に顧客体験を考えていく必要があるということで、コミュニティデザインというところに私の立ち位置も変化しました。
 現在のミッションをひと言で申し上げると、「個客視点の経営を推進していく」です。現在は、ロイヤルカスタマーという意味での「顧客」と、パーソナルな一人ひとりという形の「個客」の両方を見ていく時代だと考えており、そういう方向性の下、全社で事業を推進しているところです。

甲斐 2005年にEC事業を立ち上げ、自社ECサイトの構築やオムニチャネル化に取り組んでこられていますが、どのようなプロセスで進めてきましたか。

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矢嶋 お客様の会員情報については、当初はリアル店舗のハウスカードの会員データと、自社ECサイトで登録いただいた顧客データが、それぞれ別々に管理されていた時代が長く続いていました。弊社では2016年の段階で2つのデータを統合し、顧客データベースを一元化しました。データの構造がまったく異なる2つのものを統合するに当たっては、それなりの苦労がありましたし、お客様への周知、ご案内についても非常に気を使いながら取り組んできました。

甲斐 ECを別チャネルとして立ち上げてこられたところがぶつかる問題ですね。統合には苦労が多かったことかと思います。リアル店舗と自社ECサイトの2つの顧客データが統合されたことで、どのようなデータ活用やサービスが可能になりましたか。

矢嶋 リアル店舗で買い物をしても、自社ECサイトで買い物をしても、お客様との接点、それぞれのデータは一元化されていますから、弊社との間で行っていただいたお買い物内容に関しては、どの場所で購入いただいたかに関わらずすべて個人単位で把握できます。まずはそれを把握したうえで、個人に向けてパーソナライズされた形のアクションということで、お客様とのコミュニケーションに活用しています。たとえば、店頭である商品をお買い上げいただいたら、その商品でコーディネートをしたスタイリング画像を、パーソナライズしたメールとして送付することなど、いろいろ行っています。

甲斐 取材の話があったので、実は、事前にビームスさんのショップに行って買い物をしてきたんです。担当してくださったスタッフの方が、ビームスの成り立ちからブランドパーパスまで商品説明の中で伝えようとされていたのには感激しました。ビームスさんらしさについて聞きたいと思っていたのですが、特別な質問をしたわけではなく、会話の中で自然とそれが出てきたことが非常に心地よかったです。

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矢嶋 ありがとうございます。弊社には、洋服が大好きで、生活にこだわりをもつスタッフが非常に多く集まっています。スタッフ自らが洋服だけでなくライフスタイル全般を楽しむという企業カルチャーと、そんなビームスと関わることで、お客様にはより豊かな生活を送っていただきたいという観点から、甲斐さんをご対応したスタッフも、自分の思いや体験を接客を通じてお伝えしたい、お客様の満足度に貢献したいと考えながら店頭に立っているんだと思います。

甲斐 他にも統合という観点からオムニチャネル戦略の特徴を教えてください。

矢嶋 苦労しながらも実現できたという点では「在庫のオムニチャネル化」です。これは物流部門と連携しながら、自社ECサイトの在庫と店頭在庫を統合して一元管理しています。それにより、お客様はどの店舗・チャネルからでも商品を購入したり、受け取ったり、取り寄せをしたりすることが可能になりました。
 たとえば、お客様が職場に近い店舗にご来店されて、それも非常に時間がない中で、ショッピングをされたとします。自分の気に入った商品があったとしても、その店舗に気に入った色や、自分に合うサイズがなかった場合、そこで終わってしまっては非常に残念な顧客体験になってしまいます。その状態で完結させずに、その場にない色やサイズの洋服を、お会計はその場で済ませて、商品は後日、自宅や自宅近くの店舗で受け取るといったことも可能にしました。もちろん、一元化された商品在庫はオンラインのお客様にも提供可能です。
オンラインもオフラインも関係なく、最適なサービスを実現するためには、まず在庫が一元的に可視化され、スムーズな配送を行えるインフラの整備が非常に重要だと私たちは考え、この仕組みを整えました。

甲斐 良いですね。私もそんな状況によくなりますが、「試着したけれどサイズがない、あるいは色違いがほしい。決済は済ませておくので、商品は自宅に届けてほしい」といったケースは実際に増えていますか?

矢嶋 そうですね。お客様が店頭にお越しいただく理由の一つには、やはりまだサイズの不安があるんだと思います。加えて商品の手触りや着心地といったところをしっかり確かめたいといったニーズもあります。それらを確かめてご納得いただいた後は、できるだけスムーズにお客様のお手元に商品をお届けしたいという思いが仕組みづくりの根底にはありました。
 その逆のパターンもあります。お店にふらっと行っても、なかなか自分に合うものに出合う確率は低い。でも、時間を無駄にはしたくないので、事前にオンライン上で商品を選定し、色とサイズも決めていただいたうえで、お客様の最寄りの店舗に試着商品を用意しておくサービスも導入しましたし、取り置きもご利用いただいています。

「スタッフをメディア化」し、情報発信に注力

甲斐 「在庫のオムニチャネル化」はOMO(Online Merges with Offline)をサービスとして実現させるための必須の取り組みとも言えるように思いますが、他にもビームスさんの特徴はありますか?

矢嶋 「店舗スタッフをメディア化」し、情報発信を各スタッフから行っている点です。スタッフのメディア化については、昨今はインフルエンサーによるソーシャルを使ったマーケティングも話題ですが、私たちは、店頭のスタッフこそが弊社の商品を最も理解していると考えているので、スタッフがしっかり自分の目線でお客様に商品情報を発信していくことで、店頭での「一対一」の接客の中でご説明していることが、インターネットを介して「一対多」に広がっていくと考えています。
現在、スタイリングのコンテンツ、フォトログ(商品画像)、ブログ、動画コンテンツという4つのサービスを提供しており、スタッフはスマートフォンですべてのコンテンツを投稿することが可能になっています。

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 スタッフにとっては直接自分が投稿したものに対して、「いいね」ボタンを押されたり、自分自身のフォロワーが増えたりといったことが、リアルタイムで可視化されますし、仮に自分が情報発信したことが、ECサイトでのお買い物につながれば、数字にも反映されますから、働く上でのモチベーションにもつながっていると思います。

甲斐 なるほど。これはたとえばインスタグラムなどをただ使うだけでなく、お客様との接点をスタッフを媒介として強化していくという点で優れていると思います。

矢嶋 そうですね。さきほども説明しましたとおり、店頭のスタッフは本当に洋服とライフスタイルでお客様を幸せにしたいという熱意をもっています。お客様がそのスタッフ個人に共感し彼らがどんな考えやライフスタイル、そして洋服を着ているか、という点に興味を持ち、そして彼らの発信する情報でビームスを好きになってくれることが重要だと考えています。それがデジタルでの発信、そして実際の店頭でのスタッフとの会話により醸成されていくことを期待しています。

甲斐 デジタルで気に入ったコーディネートをしているスタッフの方に、旅行先の店舗で会話しに行き、そこでも買い物するといったことが可能なんですね。

矢嶋 そうですね。すでに可能ですし、このコミュニティ形成がビームスの財産になっていければより固い絆で私たちとお客様が結ばれていくように思います。そもそも私自身が店頭スタッフを経験していることから、お客様と接するスタッフの熱意をなんとかメディアにのせて広げたいという想いもありました。

スタッフを軸にしたお客様とのコミュニケーションでコミュニティをつくる

甲斐 今後の展望を伺います。5年後、10年後を考えたときに、店頭というフィジカルな空間が持つ役割と、デジタルというサイバー空間が持つ役割はどういうふうに発展していくとお考えですか。

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矢嶋 店頭は物理的な接点の強みというところにどんどん特化していくのではないかと思っています。またその一方で、サイバー空間については、時間・距離・場所の概念をさらに飛び越えてくるような、それぞれのメリットがより先鋭化していく方向に進んでいくのではないかと考えています。

甲斐 フィジカルな空間で強化していこうというアイデアは具体的にありますか。

矢嶋 弊社のオウンドメディアやSNSで非常に人気を博しているスタッフがどんどん出てきています。たとえばインスタグラムで約10万人のフォロワーを持つスーツ部門のディレクターらが各地の店頭でトークショーを開催すれば、一気にファンが集まってきてくださって、その場でしかできない会話だったり、その憧れの対象からしっかり接客してもらった経験などが、お客様の記憶に残るような顧客体験に発展していくことが実際に起きています。先ほど説明した例の更なる発展形ですね。
また彼らはオフィシャルのYouTube上でも、対談形式でトレンド解説の動画を定期的にアップしていますが、店頭のトークショーではそのやりとりが目の前で行われていて、そこに行くと動画ではわからない情報も知ることができるわけです。こうしたスタッフを軸にしたお客様とのコミュニケーションを通じて、さまざまなエリア、地域にビームスがコミュニティをつくることは今後も積極的にやっていきたいですね。

甲斐 デジタル技術の進展や消費者の変化などにより、マーケティングは“個客”に寄り添ったパーソナライズと、それを活かしながらより深い顧客体験の提供に向かっていくと考えていますが、アパレル業界も同様のように思います。そうした中で、メディア化したスタッフが、自らのセンスやライフスタイルを情報発信していくことで、オンオフ関わらず共感したファンが集まり、コミュニティが形成されるというのは、OMO時代の新しいマーケティング手法だと思います。

矢嶋 洋服やライフスタイルの情報って、かつてのように雑誌をくまなく読んでしっかり勉強するような時代ではなくなっています。かといって、ネット上にあまたあふれている「まとめサイト」などを見ても、どれが本当のことを言っているのか、何を信じていいのか、人それぞれで判断基準は違うと思います。
ただ、弊社のコミュニティの中であれば、お客様のお好みに合ったスタッフが、あるいはお店に行けば会えるスタッフが確実に自分の名前で投稿し、情報発信しているので、そこを好きになっていただくことがスタッフの信頼につながり、ひいてはお店の信頼、企業やブランドに対する信頼へと広がっていくと信じています。
デジタル技術はマーケティングにおけるツールに過ぎません。私たちが提供している本質的価値はこれまでも、これからも変わりありません。それはビームスを通じてお客様に豊かな人生を送っていただきたいということです。

甲斐 本日はありがとうございました。

<インタビューを終えて>

株式会社 日本HP 甲斐 博一

個客志向。まさに矢嶋さんと話していて強く印象に残った言葉だ。ライフスタイルは世界規模で見ても日本国内で見ても多様化の一途をたどっている。こと日本においても80年代の“月9”や90年代の小室サウンドなどいずれもマスメディアが創り出した流行を世の中の多くの人が取り込む価値観はソーシャル時代の到来により崩れ、より個人の価値に根差した流行りのない社会、文化に突入して久しい。ライフスタイルの大きな一部を担うファッションはこの典型例だろう。みな同じ格好をしていた過去を不思議に思うほどだ。さて、これをどのようにマーケティングとしてとらえるか。ビジネスとしてはお客様をひとつの大きなくくり(マス)としてくくったほうが、すべてのビジネスオペレーションを統一化でき、効率がよいのは言うまでもない。しかしながら、お客様をひとくくりにしていてはお客様が離れていく時代なのだからマーケティングとしては厄介だ。今や大きなチャネルとして成長したスマートフォンもあるし、物理的な店舗も価値をもって存在する。解決策はやはりテクノロジーの活用しかない。だからこそマーケティング、いやビジネス全体のDXが必要なのである。スマートフォンで検索してくるAさんは店頭にくるAさんと違う人ではない。Aさんのデジタル上の行動はすでにAIが予測してくれているがどこの店舗にいつ来るかはなかなかわからない。これを解決しながらさらに個客の嗜好を理解して対応する、これが顧客志向である。実現に向けてビジネスオペレーション全体を見直すことに着手し、マーケティングの表面だけに留まらないサービスを実現させようとしているビームスさんの今後の動きに注目したい。日本HPのできることは、パーソナル化を目指すマーケティングのテクノロジー基盤の提供と時間軸を伴った物理的な体験構築支援であるが、今度はそんな局面でお会いできることを心待ちにしている。



【本記事は JBpress が制作しました】