2020.06.15

2020年DM大賞に見る令和時代のダイレクトマーケティング

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フュージョン株式会社 営業グループ エグゼクティブマーケティングディレクター 吉川 景博氏

2020年3月6日に第34回全日本DM大賞の受賞者が発表された。今回グランプリを受賞したのは株式会社 東京個別指導学院が発送した「親子の会話で絆を深める『受験生の母子手帳DM』」だ。この制作を請け負ったのは、全日本DM大賞を13年連続受賞しているダイレクトマーケティングエージェンシー、フュージョン株式会社である。

オンラインとオフラインを相互に捉えたOMO(Online Merges with Offline)が注目される今、ダイレクトマーケティングはどのように進化しているのだろうか。フュージョン株式会社 営業グループ エグゼクティブマーケティングディレクター 吉川 景博氏に話を聞いた。

想いが伝わればロイヤルティが高まり、成果につながる

——全日本DM大賞のグランプリ受賞、おめでとうございます。今回、初のグランプリ受賞ということで、まずは御社のビジネスについて教えていただけますか。

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吉川 景博氏(以下、吉川氏) 弊社は札幌に本社を構えておりますが、売上の約8割は東京のお客さまです。お客さまからお預かりしたデータの分析結果に基づいた現状把握・課題抽出を行うことで、お客さまの売上向上に直結するプロモーションをご提案できるのが強みです。

——グランプリを受賞された「親子の会話で絆を深める『受験生の母子手帳DM』」について、企画の背景や実施に至った経緯を教えてください。

吉川氏 このDMは入塾後、間もない受験生の保護者を対象に、入塾に対する満足度を高め、子どもの友人や兄弟を紹介してもらうために制作したものです。紹介促進を目的に行うDMといえば、「紹介すると○○をプレゼント」といった特典を付けるのが一般的ですが、今回、東京個別指導学院さんからのご要望は、「受験生だけでなく受験生を支える保護者の力になりたい」という塾の姿勢を伝えることで、ロイヤルティを高めたいというものでした。

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 東京個別指導学院さんとは、以前からチラシやDMのクリエイティブのアドバイザリー契約をさせていただいていたことから、われわれは東京個別指導学院さんのことをよく理解していたものの、その魅力をどう伝えたら良いのか、“母子手帳”というコンセプトにたどり着くまでは、非常に苦労しました。

 DMの形態としては特に変わったものではありませんが、入塾の感謝を込めた挨拶状とともに、「受験生の母子手帳」というパンフレットを同封しました。子どもが中学受験や高校受験を迎える頃になると、趣味や興味関心のあることなど、子どものことがなかなか見えなくなってくると思うんです。しかし、受験に立ち向かうには、親子間のコミュニケーションがとても重要です。そこで、改めて子どもと向き合っていただくツールとして「受験生の母子手帳」を活用しながら親子間のコミュニケーションで大切なポイントを解説することで、東京個別指導学院さんが親子の間に立って、これから受験合格に向けてサポートしていきます、というメッセージを伝えました。

 入塾している子どもの保護者に向けてエンゲージメントを高めるような施策は今までできていなかったようです。合わせて、紹介を前面に打ち出す施策も初めての取り組み。そこで、東京個別指導学院さんの課題である「入塾直後で関わりが浅い家庭に対し、当塾ならではのホスピタリティをどう伝え、紹介につなげるか」をどう解決できるか、非常に悩みました。企画チームから上がってきたアイディアも今ひとつピンと来ないまま、スケジュールが近くなりギリギリになって、東京個別指導学院の方と一緒のブレストの中から「母子手帳」という切り口が見つかりました。

 クリエイティブのポイントとしては、母子手帳に子どものことを書けるようにし、書き込むことで子どもと向き合うきっかけを作ってもらうことを狙い、ストーリーとして、下記の3つのポイントを伝え、塾へのエンゲージメントを高めるものとしました。

  1. 親子コミュニケーションのきっかけ
  2. 受験の難しさを伝える
  3. 解決方法を伝えること

 実施後の気づきとしては、社内にあるリストを活用したマーケティング施策はまだまだあると東京個別指導学院さんも気付かれたようです。新規獲得に注力しがちですが、既存顧客の維持・活性化が大事であることを発見できたことが大きいです。

 結果、これまで特典をフックにしてきたものに比べて友人紹介による入塾者は2倍になり、新規入塾者の獲得コストも7割削減することができました。さらにこのDMのあとには、以前塾に入っていた生徒向けの“赤い糸DM”というプロモーションも実施し、成果を上げています。こちらについても、また何かの機会にご紹介できたらと思っています。

DMは強力な行動喚起メディアである

——御社では数多くの企業のダイレクトマーケティングをご支援されていますが、その中で昨今どのような傾向があると感じておられますか?

吉川氏 DM大賞を受賞した企業の事例を顧客ステージ別に俯瞰してみると、潜在客からロイヤルカスタマーまで幅広いタイミングで活用されていることがわかります。また、DMで完結するのではなく、ECやSNSと連動した施策になっているという特徴も見られます。もはやオンライン・オフラインの垣根はなく、まさにOMOを実践している段階です。これらの傾向はBtoB、BtoCに関わらず見られるものであり、IT企業であっても同様です。

 このようにDMの価値が見直されたのは、スマホの普及による影響が大いにあると思います。手元に届いたDMに記載されたQRコードをスマホで読み取り、オンラインでサービスにアクセスしてもらう、という手法が広く活用されるようになっています。

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 例えば日本航空(JAL)さんの場合。JALマイレージバンク会員で直近3年間に利用履歴のない20〜30代女性を対象に、顧客の誕生月に応じて実物の押し花をあしらったフォトフレームを送付しました。「○月生まれのあなたはこんな旅が好き」といったように、コピーも誕生月ごとに用意したんです。それと一緒に旅先で撮影した写真を「#JAL花旅」のハッシュタグをつけてInstagramやTwitterに投稿してもらうというキャンペーンを行いました。

 実は、この取り組みは、日本航空さんのWebマーケティングチームが初めてDMを仕掛けたものでした。しばらくJALを利用されていない顧客には、eメールを送るだけでは反応を得ることが難しかったんですね。そこでテスト的にDMを活用されたわけですが、結果として、デジタルだけで行うキャンペーンに比べ、サイト訪問数が10倍、キャンペーン参加数も8.8倍という効果が得られました。デジタルだけではリーチできない人でも、紙のDMで気持ちまで動かせる。気持ちを動かせれば行動に結びつく。人の心を動かせるということを武器に、DMは強力な“行動喚起メディア”であることが証明できたと思います。

——「デジタルのチャネルだけではリーチできない」と悩まれているお客さまは多いですか?

吉川氏 そうですね。同時に、自社が保有するデータを顧客理解のために活かしきれていない企業が非常に多いと感じています。そもそも、お客さまの現状を正しく把握できていなければ、どこに真の課題があるのかもわからず、効果的なアクションにつなげることができません。「売上が落ちているのは確かだけど、その理由ははっきりしない」という中で、他社の事例を真似るだけでは、成果につながらないのです。

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 そこで弊社では、お客さまの直近数年分の購買データなどをお預かりして、徹底的に現状把握分析をさせていただくこともあります。売上の変動の裏に、顧客のどんな状況が潜んでいるのか、まさにインサイトを探るのです。その上で、マーケティングファネルのどこを強化すべきなのかを見極め、顧客のそれぞれの状態に応じたアクションを設計していくことが大切ですね。

こんな時代だからこそ高まるDMの価値とは

——新型コロナウイルスの影響によって、人々の生活さま式が再定義されていく中で、今後DMの価値を最大化させるポイントは、どこにあるとお考えですか。

吉川氏 コロナの影響という点ではさらに深く考えているところではありますが、これからのDMという点では3つのポイントがあります。

 まず1つ目は「カスタマーエンゲージメントの強化」。純粋なブランディング施策をDMで行うことで、顧客のロイヤルティを向上させる動きが始まっています。これはもちろんDM単体で行うわけではなく、デジタルとの掛け合わせが不可欠です。

 例えば、我々が数年前から支援させていただいている東京電機大学さんは、毎年非常にユニークなクリエイティブで、オープンキャンパスの来場案内のDMを送付されています。シンプルな圧着DMではあるものの、理工系のオタクな学生に響くクリエイティブが話題となり、結果的に「東京電機大学は面白い」というブランディングにつながっているのです。

 2つ目のポイントは「データ+イノベーション+スピード」。オンデマンド+パーソナライズによって、機会損失を最小限に抑えることを目的としたDMの活用法です。典型的な例が、昨年のDM大賞でグランプリを受賞した、ディノスセシールさんの“カート落ちDM”ですね。ECのカートに残された商品を、最短24時間以内に印刷・発送することで、購買意欲が高い状態の顧客に再度アプローチすることができる。これはHPさんもBtoB分野で実践されていましたね。

 他にも、DMを送付する顧客のターゲティングにAIを活用する企業も現れており、このようなテクノロジーを活用したアプローチは今後さらに増えてくるのではないかと考えています。

 最後に3つ目は「アクティベーションDMの工夫」です。ブランド移行や休眠顧客の掘り起こし、お試し利用からの引き上げなど、今後あらゆる分野でマーケットが縮小していく日本市場では、一度タッチしたお客さま、あるいは以前のお客さまといった認知段階ではないお客さまをどのように引上げ、ロイヤル化させていくのか、あるいは離れそうなお客さまをどう再活性化させるかということがますます大切になっていくと思われます。また、このことを目的にした場合、深くコミュニケーションを仕掛けることができるDMが得意な分野でもあります。

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 昨年末に弊社が支援させていただいた千趣会(ベルメゾン)さんの事例では、コスメを購入している優良顧客向けに、化粧品のサンプルで作ったアドベントカレンダーのDMを送付しました。単にサンプルを送るだけでは捨てられてしまうところを、アドベントカレンダーにすることで、毎日楽しみながらさま々な化粧品に触れていただくとともに、ベルメゾンではいろいろなブランドを扱っていることを知ってもらえるようにしました。結果としては、DMを受け取った60%以上が化粧品を購入し、化粧品以外の購入も含めると70%以上の購入に至っており、大きな反響を得ることができました。

——最後に、新しいダイレクトマーケティングに挑戦されている企業の皆さまへメッセージをお願いします。

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吉川氏 DMの価値を最大限に引き出すためには、DMを単発の施策ではなく、包括的な顧客体験の一部として捉えることが大切です。さらに、コロナ禍で新規顧客の獲得が難しくなっている今、データを通じて既存顧客を深く理解することの重要性は、以前にも増して高まっていると言えます。

 既存顧客と一口に言っても多様な人がいる中で、自社にとっての本当のロイヤルカスタマーは誰なのか。一度の購買で関係性が途切れることなく、何度もリピートしてもらうためには、どんな結びつきが必要なのか。一人ひとりの既存顧客を大切にするために、DMという接点を通じてできることが、今まさに増えていると考えています。



【本記事は JBpress が制作しました】