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2020.04.24

印刷業界デジタルトランスフォーメーションの旗手「大洞印刷」に聞く、その本質と目指すものとは?

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印刷会社のデジタル変革。単にWebサイト構築やデザインのデジタル化案件をとるのではなく、データを中心とするデジタル経営に生まれ変わり、効率的な営業手法へと変革しながら、変わりゆく主要顧客たちのニーズを先取りしなければならない。低価格大量印刷から高付加価値印刷へと舵を切りデジタル印刷への道を切り開くことがひとつの道であることはわかるが、さてどのように進めればよいのか?

このインタビューでは2015に「営業やめます」宣言を行い、新しいビジネスモデルとスタイルに変革を遂げ、DX(デジタルトランスフォーメーション)の先端を走る大洞印刷・大洞広和専務取締役から、その本質と目指すものを探る。

「大洞印刷、営業やめます!」

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大洞印刷株式会社 大洞広和 専務取締役

顧客に向けて自社の活動やサービスを伝える情報誌「Winformation」において、大洞印刷は突然、こう宣言した。

「大洞印刷、営業やめます!」

当然、周囲からは「え、会社、たたむの?」と心配の声があがり、問い合わせに対して大洞専務は「会社をたたむわけではありません。ただ……」と、会社の新しい方針を丁寧に説明し続けた。最新のデジタル印刷機を導入し、これからの時代を先取りする新しい体制を確立。キャッチコピーの大胆さに目を引かれるが、“宣言”には、印刷会社の未来を切り開いていく大洞印刷の決意が込められていた。

「それまではお客様に対して一件一件、デザインデータの校正を何度もやりとりして、印刷物の仕様を決めて、1枚いくらというお見積もりを出して、……ときには夜を徹して印刷機をまわし、翌朝、納品に向かうこともありました。そうした御用聞き的な『営業スタイルをやめます!』という宣言をしました。もちろん、フェイス・トゥ・フェイスの営業を一切しないというわけではありません。ただ、これまでやってきた営業方法は、テクノロジーを活用してフェイス・トゥ・フェイスでなくても対応できる場面が多く、お客様を含めたお互いの作業の効率化を図ることができます。

最初は、戸惑うお客様もいましたが、やっていくうちに、お客様にとってもメリットがあることが理解してもらえるようになっていきました。一般的にデジタルシフトは、自社の働き方の効率化をねらった変革が目的と言われていますが、私たちはお客様の負担も最大限に減らし、真の課題を解決するためにはどうすればよいかということに時間と労力を割く、クライアントファーストの観点から営業改革が必要だと考えています。」

大洞専務は、「デジタル印刷機を導入することがDXではない」と明言する。社内インフラを整備し、営業の意識改革もセットで取り組んでいかなければDXは実現しない。特に旧態依然としたビジネスモデルがまだ主流となっている印刷業界では、印刷会社側の意識改革だけでなく、時にはお客様も巻き込んで意識改革を図っていく必要があるという。

DX実装に向けた、ふたつのターニングポイント

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これまでの会社の歴史の中で、DXの実装に向けたターニングポイントは大きくふたつあった。ひとつは、2004年に特殊印刷分野に参入したこと。ふたつ目は2015年に発表した「営業やめます」宣言だ。

昭和7年(1932年)に創業。活版印刷や帳票類のバックカーボン印刷からはじまり、1954年にはビジネスフォーム印刷へ拡張するなど、大洞印刷は時代の変化に対応しながら高度経済成長期の多くの企業を支え続けた。

その後、順調に業績を伸ばしていた2004年に、ひとつ目のターニングポイントを迎える。

1990年代にDTPの技術が登場。印刷会社はオフセットの輪転機を主軸にしながら枚葉機を導入し、CTP化が急速に進んでいった。当時、多くの印刷会社同様、大洞印刷も経営状態は決して悪くはなかったが、将来を見据えたときに、ふたつの大きな不安を抱えていた。会社の経営を支えていたビジネスフォーム印刷の需要が減少傾向にあったこと。そしてCTP化が加速すると印刷物のコスト競争が激しくなっていくことが予想され、そうなったときに大洞印刷を含めた中小規模の印刷会社は太刀打ちできなくなると考えていた。

そこで大洞専務は、何かヒントを得ようと、数年後の日本の印刷業界を想像しながら日本で展開されてない分野を探しにヨーロッパへ渡航。目をつけたのが、特殊印刷だった。

「当時は経営も安定していたし、売り上げもピークに近かったのですが、明らかに市場は変化し始めていました。その現状にとどまることが怖かった。だから何か打開策を見出すために、ヨーロッパに行きました。

日本と海外を比べたとき、印刷物に求める根本的な考え方が違うことがわかります。日本は、とにかく品質にこだわる。それはとてもすばらしいことで、実際に品質においては世界でも十分に戦える力を持っています。しかし、海外では品質よりもその印刷物をどのように使うか、どのような付加価値をつけて提供するか、という考え方がものすごく進んでいるんですね。

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その学びから私たちがまず取り組んだのは、特殊印刷の技術を販促品のノベルティやキャラクターグッズなどに応用することでした。特殊印刷の技術そのものはパッケージの業界などで普通に使われていたものなので、決して新しいものというわけではありませんが、特殊印刷を商業印刷に使うという点では、まだどこも実現していなかったと思います。そこに強みを持たせようと思考をめぐらせ、2004年に特殊印刷への参入を決断しました。」

この決断の背景には、事業継承したことも後押しした。祖父から父へ引き継がれてきた大洞印刷は、2004年に長男の大洞正和氏が3代目代表取締役社長に、広和氏が専務取締役に就任すると、経営理念を「CHANGE」に変更。「やるか・やらないのかのふたつの選択肢があれば、必ずやるほうを選ぶ。やらない選択肢はない」という強い意志を持ち、印刷の未来を見据えて革新的な「プリント・サービス・プラットフォーマー」へ進化する、新しいビジョンを掲げたのだ。

「カスタマーサポート」×「スマーケティング」で営業改革を推進

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世代交代を機に、大洞印刷は営業改革にも着手した。ポイントは大きくふたつある。

ひとつは、従来の足で稼ぐ営業スタイルを改善すべく、カスタマーサポートと呼ぶインサイドセールス部門を組織化。さらにバックオフィスから営業、印刷の現場まで社内システムをクラウドに完全移行するなど、商談や校正などの作業でかならずしも対面で行わなくてもよい仕組みを確立し、ビジネスプロセスのシンプル化に努めた。

もうひとつが、“スマーケティング部”の新設だ。スマーケティングとは、セールスとマーケティングを組み合わせた造語で、従来にはなかった印刷物の付加価値を模索し、新しいビジネスやサービスを創出する役割を担う。

「セールスなので当然、売上も大きな目標になりますが、そのトップラインを追えなくなった今、いかに顧客満足度を上げていけるかが重要なポイントになってきます。そのために営業とマーケティング部を融合させたスマーケティング部を新設しました。

スマーケティング部は展示会やセミナー、勉強会、工場見学会などを開催し、顧客と蜜なコミュニケーションを通して新しいサービスやビジネスを考え、提案します。そうして縮小していく印刷市場において、顧客と共に新しい分野を切り開いていくことを目指しています。

また同時に社内のインフラも整備し、デジタル印刷分野の拡大もねらってHP Indigoを2台導入しました。このHP Indigoを使ってどんな新しいサービスを提供できるのか。そこには最新のデジタル印刷機を活用した新しい印刷物の提供からさらに一歩踏み込んで、ではその印刷物を使ってどのようなプロモーションができるのか、お客様のマーケティング施策全体を一緒に考え、その実行をお手伝いすることをスマーケティング部の業務としました。」

この“スマーケティング部”の機能を実現するにあたり、大洞印刷が徹底して追求したのが、カスタマーサクセスのストーリーを描くことだ。1980年、90年代の高度成長期は、つねに印刷物の需要が供給を上まわる環境下で、受注に頼るセールスでも十分に会社は成長し続けることができた。しかし供給と重要のバランスが逆転した今では、“待ち”のセールスではビジネスの拡大は期待できない。

そこで大洞印刷は、2008年頃から帳票印刷という既存ビジネスからマーケティングとISRを掛け合わせたセールスへの変革を図り、新しいビジネスの獲得に取り組んできた。CRMを導入し、失注してしまった案件も含め、接点のあったすべての顧客のデータを蓄積。そのデータを分析することで顧客の課題やニーズが見えてくるだけでなく、全体的な市場の動向などの予測もできるようになったという。

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「データドリブンで行うセールスでは、パーソナライズさせた印刷物を開発し、カスタマーサクセスを実現するマーケティング施策もセットで提供することが重要です。たとえばHP Indigoの可変印刷のテクノロジーを使えば、同じデザインでも、色やデザインの位置を微妙にずらすことで、ひとつひとつ異なる商品ができます。そうすると、同じ商品でも価値が全然、変わってきます。さらにISRを活用したセールスマーケティングで、より顧客に寄り添った施策を掛け合わせて提案できれば、確実に新しいビジネスを獲得していくことができるはずだと私たちは考えています。」

デジタル印刷を使った印刷物だけでなく、その印刷物を使ってどのようなプロモーションができるのか。これは、まさにかつて大洞専務がドイツで学んだ、マーケティング思考をも取り入れたセールスの手法だ。

2004年以降、特殊印刷で培ったアイディアとノウハウを進化させるとともに、2011年にはHP Indigoを導入しデジタル印刷の分野を強化。さらに特殊印刷、デジタル印刷機を最大限に活かすこの新しいセールス手法が掛け合わせられ、2004年に描いた「プリント・サービス・プラットフォーマー」となる環境が整った。こうしてふたつ目のターニングポイントとなった、2015年の「営業やめます」宣言は発表されたのだ。

この2度の営業改革を経て、印刷物の付加価値に対する考え方も大きく変わっていった。

「以前は、透明素材や特色など特殊インキを使ったきらびやかな印刷が新しい付加価値になると考えていました。しかし今はWebやモバイル、データを活用して、印刷物を消費者に新しい物として感じてもらったり、利便性の向上やコスト削減を実現するなど、顧客にとっての価値を提供することでカスタマーサクセスを実現しようとしています。」

たとえば、出版社のデジタル印刷では、印刷物を納品するだけでなく、在庫を減らしてコストを削減し、同時に販売機会の損失を低減する付加価値も提案。また最新のデジタル印刷機を駆使してこれまでは想像もしなかったレベルの多種類のグッズを制作したり、自分だけのオリジナル商品を買えるようにするなど、同じ商品でもより魅力的に感じられるような役割を付加している。

このようにさまざまなシーンで印刷物の役割や提供方法を変えながら顧客の価値を上げることで、新しいビジネスを創出しているのだ。

失敗を失敗に終わらせない。変革に必要なものとは?

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DXを強力に推進し、イノベーターとしてのイメージが強い大洞印刷だが、印刷会社として変わらないものもある。それは「印刷をより豊かにしてお客様に対してソリューションを提供する」ことだ。

「よくオフセット印刷機からデジタル印刷機へ変換することがDXだと思われている方もいますが、そうではないと私たちは考えています。実際に今でもオフセット印刷機は残しているし、印刷物や条件によっては、質、生産性、コスト面でもデジタル印刷機が及ばない部分も残っています。

これは我が社のクレドにもあるのですが、私たちがこだわっているのは、お客様の成功です。これは、80年前に創業して以来、変わらない“印刷をより豊かにしてお客様に対してソリューションを提供する”という私たちの使命であり、このカスタマーサクセスをサポートできるのであれば、デジタル、オフセット、どちらでもいいと考えています。

だから私の感覚では、特別なことをやっているつもりはありません。言い換えれば、この10数年で取り組んできた変革は、この“印刷をより豊かにしてお客様に対してソリューションを提供する”ことを、環境が大きく変化した時代に合わせて最適化するための変革であり、印刷屋としての本質的な部分は、昔も今も、変わらないものだと思っています。」

大洞専務によれば、変革を成功させるポイントはふたつある。ひとつは、“情報の質”と“スピード”の掛け算だ。つねにアップデートされた最新の情報と、スピード感を持って未来を予測し、ビジョンを描く。その未来へ向けたアクションは、早ければ早いほど、大きなアドバンテージを獲得することができる。

もうひとつは、変革のアクションを、あきらめずに“継続”することだ。

「変革を実現するために、一番重要なのは、継続することだと思っています。新しい印刷機を入れたときも、新しい組織にしたときも、従業員には“変えていくよ”と宣言する。そこには選択肢はなくて、もう決まったことだからと変革を進めていくしかないと。もちろん、中には反対意見もあります。でも理解してもらえるまで、私たちも根気よく説明し続けていきます。デジタルの話をしているのに、根性論みたいな話になっておかしいのですが、でも自分たちが変わらずにお客様の成功を支援するサービスを変えられるわけがありません。一番最初にやらなければいけないのは、自分たちが変わることなんです。

そこで私たちが大切にしてきたのが、自分たちのサービスを実際に自分たちできちんと検証していって成功体験を積み重ねていくこと。そうして経験することで自分たちの中に知見もたまってくるし、営業はサービスを自分たちの実体験として説明できるようになるので、説得力が違ってきます。すべては未来のために。そうして継続していくことで、いつかはみんなあきらめてくれます(笑)。ここにいたるまで10年以上かかりましたが、今では何かまた新しいことをしようとすると説明しなくても『はい、わかりました、やりますよ』とため息をつきながら、でも一緒に推進してくれるようになりました。」

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大洞専務いわく、変革の過程は、ほぼ失敗ばかりだという。しかし、成功するまでやり続けるため、失敗という感覚はない。

2004年に維新した「CHANGE」の理念に今は「CHALLENGE」「CREATIVE」のふたつが加えられ、ビジョンも進化している。変革を成功させるためには、経営者と経営陣の覚悟が求められる。経営者がビジョンをかかげ、その未来に向けてぶれずに歩み続けてきた結果が、現在の大洞印刷の躍進につながっているのだ。



【本記事は ワンマーケティング が制作しました】