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2020.08.04

【内視鏡医療の課題を解決するAI テクノロジー最前線 Part 1】
最新AIテクノロジーが内視鏡医療の精度向上,均てん化,読影負荷などの課題解決に貢献

内視鏡を生んだ日本の医療界が世界に発信する“匠の技”を取り込んだAIを用いた消化管の診断支援技術

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近年,人工知能(AI)テクノロジーが発展し,医療分野での活用が進んでいます。内視鏡分野も例外ではなく,診断支援を中心に複数の研究開発が進められています。2018年には,世界初のAIによる胃がんの拾い上げに関する論文が平澤・多田の両氏により報告され,内視鏡医療現場の課題を解決するAIの実用化に期待が集まっています。AIは内視鏡医療に何をもたらすのか,何を変えるのか。AI技術をいち早く臨床現場に届けるため(株)AIメディカルサービスを立ち上げた多田氏,製品化に向けて臨床現場から支援する平澤氏のお二人と,日本の内視鏡医療をリードしてきた田尻氏にディスカッションしていただきました。

出席者
田尻 久雄 氏(東京慈恵会医科大学先進内視鏡治療研究講座名誉教授)
平澤 俊明 氏(がん研究会有明病院上部消化管内科 副部長)
多田 智裕 氏(株式会社AIメディカルサービス 代表取締役CEO,ただともひろ胃腸科肛門科 理事長)
進行:小島 順 氏(株式会社日本HPワークステーションビジネス本部専任本部長)

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内視鏡医療の現状(1)
高画質化,細径化など機器の進化で安全な検査が可能になる一方で検査精度の向上が課題

(進行)小島:初めに,内視鏡医療の現状と課題をおうかがいします。まずは,内視鏡検査の概要からお願いします。

田尻:上部消化管内視鏡検査は,1950年代に胃カメラが開発され,60年代にファイバースコープが,83年に電子内視鏡(ビデオスコープ)が開発されました。その後,91年に拡大内視鏡,2006年に最初の画像強調観察であるNarrow Band Imaging(NBI)が登場し,2018年1月にはオリンパスから520倍の超拡大内視鏡(顕微内視鏡)が発売されるなど,内視鏡の画像診断技術は大きく発展してきました。
上部消化管内視鏡には経口内視鏡と経鼻内視鏡があり,現在,日本国内では年間に保険診療で約1500万件,人間ドックなどの健診で約200万件の内視鏡検査が実施されています。内視鏡検査については,国内外でデータベース化が進んでおり,国内では日本消化器内視鏡学会が,2015年に前向きにデータを収集する多施設共同研究事業“Japan Endoscopy Database(JED)-Project”を開始し,2018年3月に一般社団法人JED研究機構を設立しました。JED-Projectには現在,1470ある内視鏡学会指導施設・連携施設の約60%が登録しており,2021年度までに80%以上の登録を目標としています。

多田:20年ほど前は内視鏡はとても苦しい検査で,患者さんに検査を受けてもらえないことも多くありました。現在は,機器の進化やガイドラインの整備によって安全性が向上し,患者受容性も改善しています。内視鏡検査が,安全かつ手軽に実施でき,ハイビジョンなど高画質での観察が可能となったいま,課題となっているのが,がんの見逃しなどの検査精度の問題です。

(進行)小島:がんの見逃しが発生する要因やその頻度,見逃し防止の重要性について教えていただけますでしょうか。

平澤:内視鏡は,ある程度“職人芸”的な部分があり,術者によって差があります。当院で早期胃がんの検出について検討を行った際にも,内視鏡医によって,見つけられる人と見つけられない人で非常に大きな差が出ました。

多田:早期がんの検出は難しく,早期胃がんの見落としは5〜26%程度あるとの報告1)もあります。適切に検査を行い,がんが映っていたとしても,見落とされている現状があります。

田尻:私たちがかつて行った前向き試験2)においても,白色光観察では早期の胃がんの見逃しが20%以上あると報告しました。その際に,見逃しの要因を分析したところ,(1)内視鏡で観察できていないブラインドの部位がある(観察自体に誤りがある),(2)観察していても術者が病変を認識できていない(存在診断に誤りがある),(3)術者が病変の存在に気づいていても病変の診断に誤りがある(質的診断の誤り),という3つの要因があることがわかりました。

内視鏡医療の現状(2)
対策型検診やカプセル内視鏡など画像枚数の増加に対応するマンパワーや人材育成が急務

(進行)小島:内視鏡の検査数は増加しているとうかがっておりますが,検査増による現場の課題にはどのようなものがありますか。

平澤:胃がんの対策型検診は,長らく胃部X線検査で行われてきましたが,コホート研究などで胃内視鏡検診による死亡率減少効果が認められたことから,検診ガイドライン3)にて推奨グレードBに変更され,内視鏡検査への移行が進んでいます。胃内視鏡検診では,各市町村の読影委員会による全画像のダブルチェック(二次読影)を義務づけ,見落とし防止に努めていますが,検査でくまなくきれいな画像が撮影されていなければ,ダブルチェックをしてもわからないものもあります。

田尻:胃内視鏡検診についてはマニュアル4)が整備されています。粘膜面を十分に洗い流し,適切な空気量で,ブレのない画像を撮影することが推奨されており,撮影コマ数は,食道・胃・十二指腸を含めて30〜40コマが適当とされています。

多田:さいたま市は胃がん検診に力を入れており,40歳以上の市民は年1回,胃部X線または胃内視鏡を1000円で受けられます。現在,対策型検診の8割が内視鏡へと移行しており,検査件数が非常に増えています。浦和医師会だけでも,年間に3万5000〜4万人が胃内視鏡検診を受けており,ダブルチェックする画像は年間で150万枚にも上ります。この枚数を医師会の専門医80人ほどで読影するのですが,開業医が診療を終えた後に集まって数千枚の画像を読影しており,非常に大変です。胃がん検診の精度管理は,地域の医師の時間外労働によって支えられているのが実情で,医師の負担が大きいことが課題となっています。

(進行)小島:医療の課題としては地域格差も言われていますが,内視鏡医療においてはどのような状況でしょうか。

田尻:内視鏡医療においても地域差が非常にあります。日本消化器内視鏡学会の指導施設の分布を見ると,例えば関東には東京を中心に486施設あるのに対し,東北では100施設以下です。当然,指導医も偏在している状況です。
大腸がんの例ですが,都道府県別に消化器内視鏡専門医数と大腸がん標準化死亡比の関係を検討したところ,人口比で内視鏡専門医数が少ない県では標準化死亡比が高く,標準化死亡比が低い県は専門医が多い傾向が認められました5)。専門医が大腸内視鏡を行ってがんの早期発見やポリープの段階で切除を行うことにより,大腸がんによる死亡を減らすことができていると推測しています。

平澤:術者によって差が大きい内視鏡検査は均てん化が大きな課題ですが,内視鏡医が一人前になるには10年ほどかかるため,容易ではありません。内視鏡検診の需要は増加していますが,実際問題として,専門医だけで内視鏡検診を行うことはできませんし,特に専門医の少ない地域においては,経験の浅い医師も内視鏡検診をせざるを得ないというのが現状です。

内視鏡×AIテクノロジー
検査中にリアルタイムに病変を拾い上げ内視鏡医を支援するAIをいち早く開発

(進行)小島:内視鏡医療の課題解決に,AIテクノロジーが貢献することが期待されています。多田先生は,AIメディカルサービスを設立し,AIソフトウエアの開発に取り組んでおられますが,設立の経緯や技術についてお聞かせください。

多田:内視鏡医療の現場の困りごとをどうにかしたいと思っていたところ,AI の画像認識能力が人間を上回り始めたことを知り,AIで課題を解決できると期待して平澤先生と内視鏡AIの研究を開始しました。その成果は,世界初の胃がんAI 拾い上げの論文6)などにつながりました。これらの成果をいち早く実用化して現場に届けるために,2017年にAIメディカルサービスを設立しました。がん研究会有明病院,東大病院などの医療機関や内視鏡医とも連携して速度を上げて開発を進めています。
現在,製品化に近いAIソフトウエアが3つあります。1つ目が,リアルタイムにがんの検出をサポートするAIです。内視鏡医が内視鏡で観察するのと同時に, AIががんを検出して映像上にマークを示します。AIは大量のデータで学習しており,見逃しやすい早期がんも確実に検出し,AIを併用することで見逃しを半減できると考えています。
2つ目が,二次読影をサポートするAIで,クラウドを利用したサービスを想定しています。クラウド上にダブルチェックする画像をアップロードすると,胃がんがあると疑われる画像にAIがマークを付けて返却します。怪しい画像をAIでより分けることで,ダブルチェックを効率的に行えると期待されます。
3つ目が,見逃しの要因の一つである,病変があるとわかっていてもがんだと認識できないという課題をサポートするAIで,医師の診断をアシストして見逃しを防ぎます。薬機法承認の関係上,この3つ目のAIが最初に製品化できる可能性が高いです。なお,AIは,あくまでがんの可能性があるところを見つけてアシストするだけなので,人間の診断をサポートしてくれる便利なツールという位置づけと言えます。

日本発の内視鏡AIへの期待
世界のシェアトップの装置だけでなく,日本の内視鏡医が積み上げてきた優れた手技を発信

(進行)小島:内視鏡AIが製品化されると,実際の現場でどのように課題解決に役立つと思われますか。

平澤:AIは,見逃し防止や医師の負担軽減に大いに役立つと思います。当院で,病変の画像認識能力をAIと人間で比較する検討7)を行いました。2940画像の中から早期胃がん209病変を探すテストで,内視鏡医67名が参加しました。その結果,特に感度については内視鏡医によって大きなバラツキが認められ,AIとの比較では,内視鏡医の感度が31.9%であるのに対し,AIは58.4%とダブルスコアで差がつきました。陽性的中率は,AIが26.0%,内視鏡医が46.2%であり,AIは過剰に拾い上げる傾向がありましたが,実臨床においては見逃しを少なくするために感度が高いことは非常に重要だと言えます。また,全画像の確認(分析)に要した時間は,AIが46秒,内視鏡医が平均173分と,225倍の差があります。

田尻:多田先生が開発しているAIは,病変の見逃しを減らすことが可能で,内視鏡医の診断能の向上にも寄与することが期待でき,医師の負担軽減にも非常に役立つでしょう。また,ダブルチェックの効率化もそうですが,2020年の診療報酬改定で保険適用が拡大されたカプセル内視鏡の読影においても,AIの活用が期待されます。カプセル内視鏡では,約5万枚の画像が撮影され,医師は1症例1時間以上かけて時間外に読影していますが,この状況をAIで改善できると思います。

多田:私たちの研究では,AIで怪しい画像をピックアップしてから専門医が読影するようにすれば,読影時間を約1/4に短縮できます。また,何万枚も読影する中で生じうる見逃しや見落としの有無をAIでチェックすることもできるので,AIを併用して読影することで,読影時間も労力も軽減でき,精度も向上する可能性があると考えています。

田尻:さらに,指導医が常勤でいなくても,AIによって内視鏡医が効率的に経験を積み,教育を受けられる恩恵もあると期待されます。AIのアシストが若手医師の成長を妨げるのではないかと懸念される向きもありますが,内視鏡の均てん化という大きな課題を解決できる意義は大きいと思います。十分に指導医がいない地域においても,患者さんに良質な医療を提供することが可能になると考えます。
このように内視鏡AIは非常に有望ですが,当面の間は,内視鏡医の仕事が取って代わられることはないでしょう。内視鏡では,粘膜面を十分に洗い流し,粘液除去などの前処置を行い,患者さんに苦痛がないように内視鏡を挿入し,くまなく観察・撮影する過程が重要で,現段階では,この作業をAIが行うことはできません。また,内視鏡では治療まで行います。放射線科や眼科などでも画像認識のAI開発が進められていますが,このような点が内視鏡領域の特殊性だと考えます。

平澤:消化器内視鏡は日本で開発され,診断学も日本を中心に進化してきた背景もあり,日本の内視鏡のレベルは世界トップです。その日本の内視鏡医療を世界に輸出していくことが期待されますが,職人芸的な部分を輸出することは難しい。そこでもAIを活用できるのではないかと思います。

田尻:内視鏡は,オリンパス,富士フイルム,HOYA(ペンタックス)の3社が世界シェアの90%以上を占める,日本の誇るべき産業です。日本の匠の技が作った内視鏡の技術と,日本の内視鏡医の優れた手技を,AIを活用することで世界に普及していくことができると期待しています。

(進行)小島:AIメディカルサービスが開発中の製品には,HPのワークステーション(WS)が採用されています。HPのWSは,安定性,信頼性を重視した開発が評価され,医療分野でも広く採用されています。安心安全のためにサポートの充実に取り組み,医療向けの製品は他社に先駆け土日も含めたサポートを標準で提供しています。AI製品に使用するWSには何を重視されていますか。

多田:私たちが開発しているAIは医療機器ですので,最も重視するのは安定性と信頼性です。患者さんの利益・不利益に直結するAIではエラーがあっては困りますので,医療分野において実績のあるHPであれば,安定性と信頼性のあるWSを提供してくれると期待しています。

■AIメディカルサービスが開発中の内視鏡AI

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図1 上部内視鏡の画像に対して病変部分を検出
a:胃体部後壁の早期胃がんの白色光内視鏡画像
b:AIはがんの部分を正確に検出して青色の矩形で表示

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図2 内視鏡画像に対して,“がんの可能性”を鑑別する。

医療AIとこれから
AIテクノロジーは内視鏡医療全体のクオリティを次のステージへレベルアップ

(進行)小島:AIは急速に進化していますが,10年後の内視鏡医療現場とAIについて,期待や展望をお聞かせください。

田尻:AIは高精度にがんを見つけ出すと思いますが,そもそも内視鏡で観察できていなければなりませんので,ブラインドエリアがないかを検証するようなAIの開発も必要です。また,内視鏡の優れた点は治療を行えることであり,内視鏡治療にもAIを活用できると考えます。今後10年以内,あるいはもっと近いうちに,エキスパートの技術と「da Vinci」のような内視鏡ロボットを組み合わせるAIが登場すると期待しています。

平澤:AIの進化は速いため10年後を予測することは難しいですが,最近,人間を超えるAIの能力が多数報告されています。英国からの報告8)では,眼底写真と臨床データを組み合わせた教師データで学習したAIに,眼底写真を解析させると,性別や喫煙の有無,血圧などを高い確率で正答したそうです。眼底写真から臨床データを推測することは眼科医には不可能で,AIは人間が認識していない“何か”を認識していることになります。国内からも,胃がんの内視鏡画像からリンパ節転移を予測するAIの研究が報告9)されていますが,10年後にはこういった“人間を超えた何か”がいろいろと出てくると思います。ブラックボックスで怖い部分もありますが,AIにより医療がどのように変わっていくのかは大変興味深いです。

田尻:言い換えれば,私たちが今までやってきた診断学のステージを,AIが押し上げるとも言えます。私は,AIが内視鏡医療全体のクオリティをさらに高め,ポジティブな方向に働くと思います。

多田:そうですね。AIが人間を超えて先に行ってしまうのではなく,人間とAIが共に成長していくようなイメージを持っています。

(進行)小島:今後,製品としてリリースされるAIテクノロジーが,内視鏡医療の課題を解決し,患者と医療従事者にとって,非常に有益なソリューションとなることが深く実感できました。HPも引き続き,医療現場の課題解決のお役に立てていただけるように,開発やサポートに努めてまいります。

●参考文献
1)Hosokawa, O., et al., Hepatogastroenterology, 54(74) : 442-444, 2007.
2)Toyoizumi, H., et al., Gastrointest Endosc., 70(2) : 240-245, 2009.
3)国立がん研究センターがん予防・検診研究センター : 有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年度版. 東京, 2015.
4)上部消化管内視鏡スクリーニング検査マニュアル. 日本消化器内視鏡学会 監修. 医学図書出版, 東京, 2017.
5)松田尚久,斎藤 豊,田尻久雄,他, 臨牀消化器内科,32(12) : 1617-1626, 2017.
6)Hirasawa, T., Tada, T., et al., Gastric Cncer, 21(4): 653-660, 2018.
7)Ikenoyama, Y., Hirasawa, T., et al., Digestive Endoscopy, 2020(Epub ahead of print).
8)Poplin, R., et al., Nat. Biomed. Eng., 2(3) : 158-164, 2018.
9)入野誠之,他, 第119回日本外科学会定期学術集会, SF-046-6, 2019.

田尻 久雄(たじり ひさお)
1976年北海道大学医学部卒業,国立がんセンター中央病院,防衛医科大学校,国立がんセンター東病院などを経て,2001年東京慈恵会医科大学内視鏡科教授,2005年同内科学講座消化器・肝臓内科主任教授,2012年同内科総括責任者,2015年同先進内視鏡治療研究講座教授,2020年同名誉教授。2013〜2019年日本消化器内視鏡学会理事長(現・特別顧問)。

平澤 俊明(ひらさわ としあき)
1999年高知医科大学医学部卒業,聖路加国際病院初期研修。その後,千葉大学第一内科入局,君津中央病院,東葛辻仲病院などを経て,2006年がん研究会有明病院,2017年から同消化器内科副部長。日本消化器病学会専門医,日本消化器内視鏡学会専門医・指導医。日本消化器内視鏡学会「早期胃癌診断のための内視鏡ガイドライン」作成委員。

多田 智裕(ただ ともひろ)
1996年東京大学医学部卒業,2005年同大学院外科学専攻修了。1996年東京大学医学部附属病院外科,1997年虎の門病院麻酔科勤務などを経て,2006年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科を開業。2012年から東京大学医学部附属病院大腸肛門外科学講座非常勤講師,2017年9月設立の株式会社AIメディカルサービスの代表取締役CEO兼任。

【連載】内視鏡医療の課題を解決するAI テクノロジー最前線
Part 1 最新AIテクノロジーが内視鏡医療の精度向上,均てん化,読影負荷などの課題解決に貢献
Part 2 Part 2 日本発の内視鏡AIに取り組むAIメディカルサービスの開発を支える先進の技術とパートナーシップ