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2020.08.17

【ホテルの拡張】龍崎翔子、リアルビジネスを「メディア」に変える

NewsPicks Brand Design

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ホテルや飲食など「リアルな場」を提供するビジネスは、コロナを機に本質的な変化を迫られている。ソーシャルホテル「HOTEL SHE,」を経営するプロデューサー・龍崎翔子は、その業態のシフトにいち早く取り組み、ホテル業にとどまらない多くの施策を展開してきた。
今後、リアルビジネスはどのように変化していくのか? ホテルを「メディア」として捉え、柔軟なアイデアを世に送り出す彼女に、リアルとデジタルをゆるやかにつなぐ新たな「場」のあり方を聞いた。

1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS,Inc.を設立し、「ソーシャルホテル」をコンセプトにした「petit-hotel #MELON」をスタート。2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業したほか、複数のホテルの運営を手がける。2020年はホテル予約システムのための新会社CHILLNNを始動。ホテル宿泊券の販売サービス「未来に泊まれる宿泊券」や、新型コロナウイルスによって稼働率の下がったホテルと自宅が安全ではない人々をマッチングするプラットフォーム「ホテルシェルター」などの事業を展開している。

「メディア」としてのホテル

── 龍崎さんは今年4月に全ホテルを休業し、同時に複数のプロジェクトを立ち上げました。新型コロナの影響がまだ見えていない時期に、あれだけ早く業態をシフトさせられたのはなぜですか。

たくさんの施策を一気に始めたように見えるかもしれませんが、実はコロナ前から準備してきたプロジェクトがベースになっています。

ホテルという業態の変化はいつか必要になると思っていたので、どうすればその価値をアップデートできるかと、ずっと考えてきました。

たとえば、ホテルの宿泊券が事前に買えるサービス「未来に泊まれる宿泊券」をローンチしましたが、これは4月にリリース予定だったホテルの予約システムをピボットして作ったものです。

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ホテルの宿泊券がオンラインで購入できるサービス。コロナ禍で休業を余儀なくされたホテルを中心に、200店以上の宿泊施設が利用している。

ほかにも、4月の初めに「リアルのホテルはお休みし、オンラインに“引っ越します”」と打ち出して「HOTEL SOMEWHERE」というメディアを始めました。

実はこの企画は「新しいホテルがオープンしました!」と、エイプリルフールにジョークを交えてリリースするつもりだったんです。

しかし、奇しくもコロナによって店舗を休まざるをえなくなった。そこで、「リアル空間に出かけられない今だからこそ、オンラインでホテルや旅に思いを巡らせてほしい」というメッセージに変えました。

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今年4月にnote上で公開したライフスタイルメディア。ホテルや旅をテーマにしたコラムの配信や、ホテルに関連したグッズを販売している。

企画の根底にあるのは、ホテルとはそれぞれ固有のストーリーやコンセプトを持っていて、その「世界観」を体現しているのだ、という考え方。

「その世界観は、リアルだけではなくオンラインでも表現できるよね」っていうのが発端です。

── ホテルの「世界観」とは?

街の雰囲気や、宿の生まれた背景、そこで働くスタッフや宿泊しているお客様。さまざまな要素が、混ざり合って透けてくる「空気」のようなイメージです。

私たちはホテルを街と人、そしてカルチャーをつなぐ「メディア(媒体)」であると捉えています。

雑誌やテレビ、スマートフォンのソーシャルアプリのように、ホテルという場を通して、新たなライフスタイルや価値観を提案していきたい。

そういう考えに共感してくれる人たちが集まり、あんなこともこんなこともやりたいとアイデアを出し合ってきました。

だから、ホテルを休業すると決めてから、さまざまな取り組みを一気に動かし、形にすることができたんだと思います。

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── 素早く事業をシフトさせるには、組織にも柔軟性が求められます。

おっしゃる通りで、思いついたアイデアをスピーディに実行できるように、意識的に「マルチリーダー組織」を作ってきました。

ホテルのオペレーションは、効率上“ピラミッド型”の組織になっていますが、それだけでは個人が自由に動きにくい。

新しい発想を生み出すため、本業とは別に社員それぞれが旗を立て、自由に参加できる“ティール型”のプロジェクトが同時並行でいくつも動いています。

プライベートブランドを運営してオリジナルTシャツを販売するチームもあれば、YouTubeコンテンツを作っているチームもある。

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「HOTEL SHE,」のプライベートブランド「BOY MEETS SHE,」

プロジェクトは内容もメンバーも本当にバラバラ。全国の店舗から職種を問わずに集まっていて、社外のクリエイターさんにも入っていただいています。

こういう柔軟な組織があったから、今回のような有事に素早く対応できたのだと思います。

私たちは「ホテルの会社」ではない

── 従来のホテルとは、そもそもの考え方が違うんですね。

私も社員もホテルは大好きなんですが、実は「ホテルの会社をやっている」という意識はあまりないんです。

私たちが目指しているのは、単にホテルを作ることではなく、ライフスタイルにおける「多様な選択肢」を提示すること。その手段のひとつとしてホテルを運営しています。

── 先ほどの「世界観」の話ともつながりますね。

そうなんです。これまでのホテルは、一部のラグジュアリーホテルか、「駅チカ」で「安い」ビジネスホテルかに二極化していました。

でも、ホテルの価値ってもっといろいろあるんじゃないかな、と思っていて。

部屋に置いてあるアイテムだったり、ラウンジで出てくるコーヒーだったり。そういう一つひとつの要素が与えるのは機能的な価値だけじゃないはず。

それぞれが組み合わさって生まれる「世界観」も、ホテルの重要な価値だと思うんです。

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「HOTEL SHE, OSAKA」は全室にレコードプレイヤーを設置。“アナログ”な世界観をコンセプトにしている。

私たちはこの「世界観」を重視して、個性を尖らせることで、世の中に彩りのある選択肢を提示したい。

カフェを店の持つ雰囲気で選ぶように、好きなホテルを世界観で選べる世界を作りたいんです。

── ホテルが個性を持つためには、何が必要なのでしょうか。

そのホテルを運営する一人ひとりが、仕事と生活を切り離すのではなく、生活者として「何があったら自分は嬉しいか」を、徹底的に突き詰めることだと思います。

だから、私たちの会社ではマーケットリサーチを意図的にやっていません。社員一人ひとりの視点から生まれる、ちょっとした「気づき」を大切にしています。

世界観とは、そうした「気づき」を出発点に、対話を繰り返すことでコンセプトを作り込み、世の中との相対化を通して濃くなっていくものではないでしょうか。

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「HOTEL SHE, KYOTO」は“最果てにある旅のオアシス”がコンセプト。配色やアイテムにこだわり、ノスタルジックな世界観を演出している。

── 多様なアイデアは「人」から生まれると。

ええ。そのうえで、L&Gとして一貫した世界を作り出すために、「こういうものがイケてる」というメンバーが共通で持っている感覚を大切にしています。

── どういう感覚が共有され、人が集まっているんですか。

なかなか括るのが難しいんですけど、社員にはワーホリや留学を経験している人や、地方出身者が多いのが特徴かもしれませんね。

いわゆるサブカルチャーが好きだったり、自分自身が「メインストリームではない」という感覚を持っていたり……そんなメンバーが集まっているのかも?

マジョリティの中で生きていると、そもそも「選択肢がない」ことに無自覚になりやすい。どこかで自分自身のマイノリティ性を意識すると、「もっとこういう選択肢があればいいのに」と、人と違った角度からものを見ることができます。

そうした一人ひとりの個性やバックグラウンドがかけ合わされて、エッジの立った「世界観=選択肢」が生まれるのだと思います。

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「選択」が、自分の輪郭を研ぎ澄ます

── 龍崎さんが、今のようなコンセプトを思いついたきっかけは何だったんですか。

原体験は小学生の頃に家族と行ったアメリカ横断旅行です。さまざまな街に行きましたが、土地ごとに景色や文化が異なるのに、同じようなホテルしかないことに違和感を覚えました。

せっかくテキサスの街に来ているのだから、もっと「テキサスっぽいホテル」に泊まりたかった。

でも実際は、どの街へ行っても代わり映えのないホテルばかりで、それぞれの街の印象も薄らいでしまった。

そのなかで唯一思い出に残っているのがラスベガス。なぜなら一つひとつのホテルがとてもユニークだったからです。

振り返るとあの経験が、ホテルは旅の印象を左右する「演出装置」だと気づいたきっかけでしたね。

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それがもう一歩発展したのは、中学生の頃です。

当時は、みんなが同じ制服を着て、同じような生活を送っていました。そのなかでアイデンティティの拠り所になるのは、「好きなアーティスト」だったなって。

中学生の自由は制限されているけれど、音楽にはいろんなジャンルやアーティストがいて選択肢があった。だから、どの音楽を聴いているかが自分のプロフィール代わりになっていたんだと思うんです。

同じように、好きな洋服をまとったり、カフェへ行ったりすることも、それらが持つ世界観への共感と結びついている。

一つひとつは「消費」でもあるけれど、選び取ることで自分の価値観が形成され、ライフスタイルを表明する手段にもなっていました。

── 日々の選択が、自分を作っていくと。

そうですね。その価値を判断し、選択を積み重ねることで、自分自身の「輪郭」を知る ことができる。

だから、「選ぶ」という行為を適当にしてはいけないし、その選択肢を増やすために私は事業をやっているんだと思います。

社会と個人をつなぐ「ホテル」

── これから「選ばれるホテル」にはどんな特徴があるのでしょう。

ホテルは「リアルな場」を持っているので、生活と非日常的なエンターテインメントが共存する「スペシャルな体験」を提供できる強みがあります。

今後、エンタメのデジタル化がさらに進むでしょうし、このままでは相対的にホテルの需要自体は下がってしまう。

そこで必要になるのは、ホテルならではの体験を、うまくデジタルとつなげてあげること。

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たとえば音楽の場合は、SpotifyやYouTubeで聴けるようになったことで、ライブやフェスに出かけて「リアルの高揚感」を楽しむことの価値も高まりました。

ホテルも同じように、オンラインとオフラインをシームレスにつなぎ合わせ、ユーザーのライフスタイルに寄り添える存在でありたいんです。

── 龍崎さんがデジタルとリアルをつなぎ合わせるために、意識していることはありますか。

ホテルを訪れた方が写真を撮ってSNSに投稿したくなるような要素を組み込んだり、noteを通じてイベント企画の「裏話」をシェアしたり。そういった仕掛けは、いろいろとやっていますね。

そもそも「HOTEL SHE,」はデジタルネイティブというか……少なくとも、SNSなしでは成立しえなかったホテルだろうな、と思います。

京都のマイナーな場所にできた小さなホテルが今日もこうしてメディアに取り上げていただけるのも、SNSを通じてつながった関係がベースにあります。

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「HOTEL SHE,KYOTO 」公式インスタグラムの様子。

私個人も一緒に運営してくれるメンバーたちも、SNSを通じて自分の考えや価値観を積極的に表明する。

そうすることで、まったくの異業種でも私たちが目指す世界観を共有できる方とのつながりが生まれます。

── 確かに、価値観が合うのは、同業者だけとは限りません。

ホテルの良さは、生活に必要な機能を「リアルな場」として持っていること。

ライフスタイルとして、「どう生活するか」や「どう生きるか」まで提案できるのが、本当に面白いところなんですよね。

今は、「女性の産後ケア」や「高齢者介護」「シングルマザーの自活支援」。そういった社会課題とホテルをかけ合わせられるといいなと考えています。

ライフスタイルを起点にすれば、あらゆる分野とコラボレーションできます。

そうやってカラフルで「選びごたえ」のある選択肢が社会に増えれば、みんなが自分らしいスタイルを選んで、もっと心地よく生きていける。

それって、すごくハッピーなことだと思いませんか?

(制作:NewsPicks Brand Design 編集:高橋智香、宇野浩志 執筆:角田貴広 撮影:後藤渉 デザイン:國弘朋佳)