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2020.09.29

【ジョブ型ストレス】大室正志、withコロナ時代のアイデンティティ・クライシスを読み解く

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自宅が仕事場になり、PCに向かえばいつでも仕事ができる。その環境は自由でもある反面、これまで以上にセルフマネジメントを要求する。
わずか数ヶ月間で「コロナ疲れ」を感じてしまう我々にとって、いったい何がストレスなのか。そのストレスを軽減し、長期間のリモートワークを続けていくには、働き方をどうシフトさせればいいのか。
リモートワークが可視化した働き方の変化と、その過渡期を軽やかに乗り切る術を、産業医の大室正志氏に聞いた。

大室産業医事務所代表。社会医学系専門医・指導医。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。大手企業約30社の産業医として、メンタルヘルス対策やインフルエンザ対策など、企業の健康リスク低減に取り組む。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。

「コロナ疲れ」の原因はどこにある?

── この数ヶ月、働く環境が急激に変わったことで、これまでとは異なるストレスが生まれているように感じます。

厚生労働省の統計では、緊急事態宣言が出た今年4月の自殺者は前年比で2割近く減少したそうです。これはもっともな話で、自殺直前まで追い詰められていたような人は、社会活動がストップすることでトリガーとなる機会が一時的に減ったのだと思います。

メンタル不調での休職者は、普段であれば毎日出社している方々と自分を比べ、自責の念にかられたりします。ところが、緊急事態宣言下では「出社できない自分」が相対的に目立たなくなるため、精神的に救われたという話はよく聞きました。

今後は緊急事態宣言中の「皆一斉に」ではなく、給料や雇用など個別性のある現実的な悩みが持ち上がり、他人と自分を比べる機会が増えることでしょう。メンタルの危機という点では、むしろこれからの方が心配です。

── みんなで共有していた不安が去り、他人との比較が始まることで、ストレスが強まる。

そうです。もう一つ言えるのは、人にとって、環境の変化はおしなべてストレスだということです。働き方の変化がストレスなら、降格はもちろん、昇進もストレス。結婚だってストレスになりえます。

いま起こっているのは「新しい生活様式」と言われるくらいのパラダイムシフトですから、その変化によってメンタルが不安定になる人は多いでしょうね。

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── 働き方の大きな変化としては、オフィスからリモートワークへのシフトが進みました。

ノートPCが一台あれば、自宅からでも外からでもビデオ会議ができる。そのことを身軽になったと楽しめる人と、ストレスを感じる人。仕事の面では、このギャップが大きくなったと感じます。

その要因は、もともと緩やかに進んでいたメンバーシップ型からジョブ型へのシフトが、リモートワークによって加速したこと。

メンバーシップ型というのは、基本的に「仲間」で成り立つ組織です。同じ釜の飯を食う仲だったのが、リモートになると「ひとり飯」。互いの仕事や頑張っている様子も見えにくくなっています。

そうすると、必然的にジョブ型の仕事の割り振りが求められ、これまでよりもシビアに成果が問われるようになる。

ビジネスにおける「コロナ疲れ」は、ここに原因があるんじゃないでしょうか。

アイデンティティをどこに投資するか

── ジョブ型に適応しやすい人と、ストレスを感じる人。この違いはなぜ生まれるんでしょうか。

アイデンティティのポートフォリオを考えるとわかりやすいと思います。

日本の会社はメンバーシップ型を通り越して「家族主義」なんて言われてきましたよね。

オフィスで仕事が終わったら上司や同僚と新橋の居酒屋で飲んで、土日も会社の人たちとゴルフに行く。

こういう働き方をしていたサラリーマンは、家族のような付き合い方で、会社にすべてのアイデンティティを預けてきたわけです。

ところが、リモートになると1日にせいぜい8時間しか働けないし、仕事が終わっても同僚と飲みに行けない。
 
これまで会社が担っていたオフタイムのコミュニケーションがぽっかり空いてしまい、アイデンティティ・クライシスが起こっているのではないでしょうか。

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── 会社が仕事だけでなく、生活の中心になっていたからですね。

そう。単に仕事がリモートになっただけでなく、会社へ行くことで成立していた生活様式全体が変わってしまったことがポイントです。

リモートワークになってもあまり変わらず生活している人は、以前から友達や恋人、家族とのプライベートな時間を持っていたり、会社以外のコミュニティに属したりして、アイデンティティを分散させていました。

自ら望んで仕事に一点投資していた人たちは、在宅勤務になっても自発的に仕事や勉強に打ち込んでいます。

ところが、「イヤだイヤだ」と文句を言いながら上司とゴルフしていた人たちが、意外と寂しそうなんです。

いまの状況に過剰なストレスを感じている人は、ライフスタイルを見直したり、環境や社内の立場を変えたりして、ポートフォリオを組み換えていく必要があります。

決められるストレスから、決めるストレスへ

── 大企業が副業採用の枠を拡張する動きもあります。雇用がジョブ型にシフトすれば、アイデンティティは分散されていきますか。

大きな流れを見ると、これから先は分散させていかざるを得ないでしょう。でも、それによってストレスが減るわけではありません。

僕は「決められるストレスから、決めるストレスへ」とよく言うんですが、会社にレールを敷かれるストレスもあれば、選択の自由を与えられて責任が増えるストレスもある。

それに、ジョブ型に適応できない理由を個人だけに押し付けるのもおかしな話で、マネジメントや上司が変わらないことの方が問題です。

欧米のジョブ型組織には、個人のスキルや待遇に応じてそれぞれのジョブディスクリプション(職務記述書)があります。

誰にどんな仕事を任せて、どれくらい負荷がかかっているかを逐一モニタリングしながら進捗を管理する。これが本来、「マネジメント」の役割です。

だから「ジョブ」を分担できるし、オフィスで働いていても自分の仕事が終われば罪悪感を持つことなく帰って、時間を好きに使えるんです。

── 日本の場合はどうですか。

日本の多くの会社は、欧米ほどドライになれません。個人の職務範囲や目標があいまいで、自分の仕事が終わっても「仲間」の仕事が残っているからです。

海外から日本に来たビジネスパーソンは、「日本企業で頑張ると損をする」と言います。自分の仕事を早く終えると、その分新しい仕事が回ってくる、と。これが、典型的なメンバーシップ型の発想でした。

ところが、リモートワークでは効率的に働いて成果を出していた人と、頑張っている姿勢をアピールするスキルだけを高めて実は何もやってこなかった人が可視化されてしまった。

ある程度ジョブ型の考え方を取り入れて、個人のアウトプットを見ないとチームが回らなくなったんです。

承認欲求は「ジョブ型」へ向かう

── コロナ以前からジョブ型へのシフトは語られていました。家族主義のような価値観は、少しずつ変わってきているんでしょうか。

国を挙げた働き方改革や、グローバル企業の外圧などによって、ある程度変化してきたと思います。

僕がもう一つ注目しているのは、若い人たちの感性の変化です。仕事への貢献度を個人として可視化したいという欲求は、SNSによって明らかに強まっています。

本来の成果主義とは違うかもしれませんが、ジョブ型を「個人のアカウントに仕事をひも付けること」だと考えると、それがSNSによって後押しされている気がします。

── 確かに、SNSは個人が主体ですね。

外資的なジョブ型ネイティブの人たちは、仕事を受けるときに「レジュメに書けるか」を重視します。

職務履歴書に書ける仕事であれば、年収やポジションが上がるから、多少大変でも引き受ける。この合理性が、これまで日本ではなかなか理解されにくかったんです。

一方、SNSを使っている人たちは、「他人が自分のプロフィールを見たときにどう思うか」という思考が標準搭載されています。

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上司に認められたりチームに貢献したりするだけでは、自分のクレジットは残らない。それよりも、SNSというある種の「社会」でどう見られるかを、第三者的な視点で意識しています。

これは「私を見て!」という承認欲求ドリブンではあるけれど、職務範囲を定めて個人に割り振るジョブ型の働き方と相性がいい。

こういった価値観の変化が、結果的にジョブ型へのシフトを進めていくような気がします。

── アイデンティティを会社に一点投資していた人たちは、うまくシフトできるでしょうか。

上司や同僚と飲みに行く人たちは、基本的に仕事の話が好きな人たちですよね。だから仕事と生活が不可分になっていて、仕事とプライベートの中間的なコミュニケーションを欲していた。

それがジョブ型ではどうなるかというと、「会社」から「職種」へと、コミュニティのハッシュタグが付け替えられるんです。

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これまでは「うちの会社」の文脈を理解している人たちとつるんでいたけれど、副業や中途採用が増えて人材が流動的になると、その文脈は共有されにくくなっていく。

代わって増えているのが、エンジニアはエンジニア、人事は人事というふうに「職種」や「業種」でタグ付けされた第3のコミュニティです。

こういったコミュニティに参加するハードルも、SNSやウェビナーによって随分と下がりました。仕事における共通言語を重視する人たちは、「会社」から外へとつながりを広げていくと思います。

移行期のストレスマネジメント

── コミュニティが、会社から外へと分散していく。そのとき、デジタルとリアルの関係はどうなるでしょう。

リモートワークやジョブ型をすんなり受け入れられない人って、コミュニケーションがデジタルになることに対して抵抗があるんだと思うんですよね。合理化が行きすぎることに対する違和感というか……。

僕自身も世の中には合理的に割り切れないものがあると考えるタイプですので、すべてをデジタルに置き換えたくない気持ちもよくわかります。ただ、だからこそ割り切れるところまで割り切ってその果てにある「余り」を大事にしたいとも思います。

つまり対面のコミュニケーションや家族主義のいい面を大事にしたいからこそ、デジタルツールや合理的なマネジメント手法を駆使して、合理化できる部分は合理化するという考えです。

対面で話すときの情報量が重要だと言っても、1日に20人と名刺交換していたら記憶には残りません。それなら19人とリモートで話して、浮いた時間で1人とじっくり話す方が、出会いに質感がありますよね。

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こうやってインタビューまで簡単に行えるデジタルツールがあることで、合理と非合理のメリハリを付けやすくなっています。何を効率化するのか、選別すればいいんです。

── すべてをシフトしなくても、いい部分は残せるわけですね。

そう思います。リモートワークやジョブ型のワークスタイルは手段であって、欧米のスタイルに倣ったところで、10年後にそれが残っているとは限らない。

この正解のない状況を、過渡期ゆえの「あるべき論の抑圧」から解放されている幸せな時代と捉えることもできるし、個人として選択を迫られ続ける、ストレスフルな時代と見ることもできます。

ビジネスでも個人のwillを問われる傾向は強まるでしょうが、メンタルヘルスの観点からは、最良の選択をしないといけないというプレッシャーを抱えすぎて、ストレスに潰されてしまうのが一番よくない。
 
何をやりたいかがよくわからない場合は、何をやりたくないかを考える。複数の可能性に分散投資しておいて、自分の人生を偶然に任せるくらいの軽さがちょうどいいと思います。

── そうですね。やりたいことを一つに絞るより、やりたくないことを捨てる選択の方が簡単です。

いま成功しているビジネスパーソンも、最初に正解を選んだわけではありません。むしろ、「そんなに適当に決めたんだ」って拍子抜けするくらい、偶然に翻弄されて道を決めた人の方が多いんです。

ただ彼らは、その選択が後から振り返ってよい決断だったと言えるように、努力して自分の物語を紡いでいます。
 
自分でコントロールできない段階で悩みすぎず、とりあえずやってみる。そのうえで、自分の選択がよかったと思えるように頑張ればいい。

こう考えた方が、気持ちが軽くなりませんか?

(制作:NewsPicks Brand Design 編集・執筆:宇野浩志 撮影:高澤梨緒、後藤渉 デザイン:國弘朋佳)