2019.08.13

教育とテクノロジー

京都市⽴御所南⼩学校 ― 平塚修⼀郎校⻑インタビュー

学校と保護者や地域住⺠がともに知恵を出し合い、学校運営を⾏っていく「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」。京都市⽴御所南⼩学校は、2002(平成14)年の⽂部科学省による最初のコミュニティ・スクール指定校であり、2008(平成20)年からは公⽴⼩学校では珍しい⼩中⼀貫校になりました。前編では学校の成り⽴ちや、コミュニティ・スクールとしての特⾊、具体的な授業の内容とそれに関わる地域住⺠や教師の関わり⽅を平岡修⼀郎校⻑にお尋ねします。

保護者や地域住民による関わりで、教育の質は高まる。

── 御所南⼩学校がコミュニティ・スクールであることの特⾊や魅⼒を教えてください。

平塚修⼀郎(以下、平塚) まずは御所南⼩学校の成り⽴ちからお話しましょうか。1872(明治5)年に制定された学校制度より早く、京都では「番組⼩学校」が創設されました。これは東京奠都の際に⼈⼝が3分の2ほどに減少し、京都の将来を不安視した地域住⺠が「街づくりは⼈づくり」だということで、竈別出⾦(通称︓竈⾦)いう制度を使ってお⾦を集めてつくった学校です。つまり、番組⼩学校は地域のコミュニティの中⼼でもあり、⼤⼈が⼤勢集まって⼦どもの教育について語り合っていた場所。本校はそのような番組⼩学校として開校した5つの⼩学校(梅屋・春⽇・⿓池・⽵間・富有)が、1995(平成7)年に統合されてできた⼩学校です。

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 そういった歴史もあり、1997(平成9)年度に⽂部省(当時)から研究開発学校の指定を受け、総合的な学習を中⼼にしたカリキュラム開発を⾏ってきました。現在では学校と地域コミュニティが連携・協働する「御所南コミュニティ」という組織があり、保護者や地域住⺠による80⼈のボランディア・コーディネーターが6つの部会に分かれて、⼦どもたちを⽀援しています。また、300⼈を超えるコミュニティ・ティーチャーがおり、⽣活科や総合学習を中⼼に各⽅⾯の専⾨家による授業も⾏っています。

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── 具体的にはどのような⽀援や授業が⾏われているのでしょうか。

平塚 例えば1・2年⽣は、⽣活科で御苑の豊かな⾃然に触れ合ったり、街の探検に出たりします。3〜6年⽣の総合的な学習では学年ごとにテーマと単元があり、伝統⽂化や伝統⼯芸など地域に学んでいます。それぞれの学習に関わっていただく専⾨家の⽅と進め⽅や組み⽴てを話し合って授業を作っています。また、御所南コミュニティ委員の⽅々(地域の⽅や保護者)には⼦ども達にとって有意義なカリキュラムや事業を考え提案して頂いています。それらのカリキュラムや⾏事の内容は教師がすべてお膳⽴てするのではなく、保護者が教師と話し合いながら進めていくのです。プリントや名簿も保護者の⼿づくり。その後、⼦どもたちに感想を書いてもらい、次回に活かしていくので、内容は毎年どんどん洗練されていきます。

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 例えば、勉強や運動でつまずきやすくなる3年⽣から4年⽣にあがる際の「10歳の壁」というのがあります。特に具体的思考から抽象思考への変化についていけない⼦どもが複数⼈は毎年いるので、先⽇の2⽉は3年⽣に対して、放課後に算数と国語の漢字のプリントを使った勉強会をコミュニティ委員が開催してくれました。

 そうやって保護者や地域の皆さんが教育に関わることで教育の質が⾼まり、かつ地域の⼀体感も醸成されます。それがまた地域の活⼒にもつながっているのでしょう。

── 2008(平成20)年には、⾼倉⼩学校、京都御池中学校とともに⼩中⼀貫校になりました。その経緯を教えてください。

平塚 当時、中学校には本校と隣の⾼倉⼩学校から進学するわけですが、それぞれが学校運営協議会をつくってコミュニティ・スクールの活動を始めたんです。ところが進めるうちに、「⼩中の義務教育9年間の⼀貫した学びを進めないと、成果は上げにくいのではないか」という声が出るようになった。そのころ、たまたま京都御池中学校の校舎が新設されることになり、中⾼⼀貫校を⽬指すことになりました。

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 2007(平成19)年度からは、本校の6年⽣が京都御池中学校の校舎で学習し、中学校教員と⼩学校教員による連携授業を進めています。これも⼩学⽣が中学1年⽣になったときに、クラス担任制から教科担任制になったり部活動が始まったりと、学校⽣活や授業のやり⽅が変わるため、なじめなくて不登校となったりいじめが急増したりするという「中1ギャップ」を想定してのことです。中学の先⽣にその専⾨性を活かして⼩学校の授業に関わってもらうことで⼩学校教育とはどういうものかを知ってもらえますし、⼀定のよい成果は出ていると思います。

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 ただし、⼦どもに本当に⼒がつくのかを考えたときに、やはり9年間を通して育てる柱となる⼒を明確にすることが必要ではないかという結論に⾄ったわけです。それまで本校では「読解科」に特に熱⼼に取り組んできました。これはPISA型読解⼒をOECD各国で⽐較した際、⽇本のランクが⾮常に下がっており、本校元校⻑がわざわざ⾃費で1位のフィンランドまで出向いて学び、開発した、本校独⾃の特別教科です。資料から情報を収集し、それを⽐較したり分類したり整理したりして新しい考えを構築し、⼩グループで全員が必ず⾃分の意⾒を出し合いながら、最後にひとつの意⾒にまとめていくこと、それを⾃分の⾔葉で記述することを読解科としての授業で進めてきました。⼀⽅で、読解⼒を育てる4つの⼒──課題設定⼒、コミュニケーション⼒、記述⼒、情報活⽤⼒には、読書が⽋かせません。学校では朝の時間に読書をしたり、国語の教科と合わせて並⾏読書を⾏ったりしています。これが⾮常に新しい教育にマッチしているのではないかということで、⼩中⼀貫で⾏うことになりました。現在は、読解⼒は読解科の時間や読書だけでなく、普通の科⽬の授業でも養うことができると確信し、進めています。

── 今回⼩学5年⽣の授業を参観させていただきましたが、まず、5年⽣の5つのクラスの教室はそれぞれオープンスペースと隣接する⼀⾯が完全に開放され、壁も扉もないことに驚きました。また、2名の児童が司会を担当して授業を進め、担任の先⽣はというと、その科⽬が不得意な児童たちをそばで導く⽴場に徹しています。

平塚 前述したとおり、本校は児童数の急激な減少の中、近隣の公⽴⼩学校が統合してできた学校です。それまで⼦どもたちは少⼈数で学校⽣活を送っていたわけで、「これを機にクラスメイトだけではなく学年⼀同で切磋琢磨してほしい。そのためにはオープンな場所での学習が必要だろう」と考え、あのような扉のない教室ができました。

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 また、授業の司会を担当するのはその⽇の⽇直で、司会と書記というペアになっています。これは⼩学1年⽣から⾏わせており、5年⽣だとかなり⼿慣れているかと思います。担任はご指摘のとおり、授業に遅れ気味の⽣徒に声をかけ、⼿助けしています。できない⼦は科⽬によって違うので、それが司会をたてる良さかなと。教師が授業を進めるとどうしても全体を⾒ることができませんが、⼦どもたちが授業を進めることで、教師が遅れがちな⼦を個別で対応しやすくなるんです。

── ちなみに司会を⽴てる授業は全科⽬で⾏われているのでしょうか。

平塚 基本的には読解科、算数科、社会科、学級活動の4つでしょうか。理科は専科だったり、図画⼯作は作業がメインだったりするので司会は置きません。先⽣によっては国語科や道徳の時間、総合的な学習の時間に司会を⽴てて⾏うクラスがあったりします。この教科は必ず司会が⾏う・⾏わない、と決めているわけではありません。

── 他に御校ならではの授業内容というのはありますか。

平塚 先ほど「伝統⽂化や伝統⼯芸など地域に学んでいる」とお伝えしましたが、京都ならではというか、できるだけ本物に出会うということ⼤事にしています。

 例えば、「京くみひも」の仕事場を訪問し、弟⼦⼊りという体でくみひもを制作しながら、道具に触れ、こだわりや想いを尋ね、匂いや雰囲気まで感じて帰ってこさせます。その経験をもとに、今度はクラスメイト同⼠で「この間あんな話をしてはったけど、僕はこういうことが⼤事にしてはると思う」などと互いに意⾒を交換します。次に、清⽔焼や京友禅などそれぞれ弟⼦⼊りの経験をしてきたクラスメイトと「僕の師匠はこんなことを⾔ってはったんやけど、⾃分のとこはどうやった︖」「それは⾔うてなかったけど、こういうことは⾔うてたんちゃうかな」「ほんなら共通点はこういうことやな」などと、伝統⼯芸に関する⾃分の考えを⾔語化していくわけです。その後は思考ツールを使⽤して思考を⾒える化させることで、より深い学びにしています。

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── ⼈と意⾒をぶつかり合わせるというプロセスは⾮常に重要だと思いますが、初等教育の 段階では性格的な差異が⼤きいのではないでしょうか。

平塚 それは司会の⼦が⽣きるんですよ。話し合いはフリートークにせず、必ず司会を置く。教室にはものすごく活発に話す⼦もいれば、ひとりでポツンとしていたり、意⾒を⾔えない⼦もいたりします。そうならないように司会の⼦がさばいていって、みんなの意⾒を能率的に吸い上げ、まとめていくことが肝⼼なんです。

 もちろん、もともと内向的な⼦どもが率先して意⾒を⾔えるようになるのは、時間がかかります。しかも普段の授業だけではなかなか難しい。ところが、総合学習を35時間ほど続けると、どこかでスイッチが⼊るんですよ。こんなことがありました。京都伝統産業館の⽅がいらして、「実は京都の伝統⼯芸館はいまピンチなんです。君たちにも何とかしてほしいから、何かアイデアないかな」と⾔ったんです。そのときに、「僕らにできることを考えよう」とスイッチが⼊った。クラスごとに「こんなことできるんちゃうかな」なんてアイデアがぼんぼん出てくるし、内向的だった⼦どもも周りの本気に動かされて、意⾒を⾔うようになった。先⽣も「今⽇は◯◯さんがこんな意⾒を⾔いました」と褒めるので、それで⼦どもに⾃信がついて、殻を破れたんです。

── 教師が⼀⼈ひとりの⼦どもの個性を把握していることも重要なんですね。

平塚  やはり⼦どもは、⾃信や成功体験がないと次のアウトプットはしにくいから、そこが教師の腕の⾒せどころ。⼦どもの変化をキャッチすることと、タイムリーにその⼦に働きかけることが、いわば「先⽣⼒」なんです。

 本校では、先⽣同⼠が互いの授業を⾒学する研究授業で、教師の⼦どもに対する関わり⽅を真剣に⾒るようにしています。そこで「⼦どものああいう⾔葉を拾っていったらいいのか」「教師からのこういう声かけで授業がまた発展していくんだな」「こういう⽀援をすると⼦どもはすごく活動的になるんだな」というようなことを互いに学ぶのです。他には学年会を頻繁に⾏って、情報交換することも⼤切にしています。授業の進⾏に関する悩みや授業に集中できない⼦どもへの不安があれば、先輩教員がアドバイスすることで乗り切る。そういうさまざまなフォローアップで、教師⼒もつけていきたいと考えています。

学校での遊びは、問題解決の場として最適。

── 御校は「学校で遊ぶ」ことを⼤事にしておられます。⼦どもたちはどんな遊びをしているのですか。また、「遊び」の本質には何があるとお考えでしょうか。

平塚 そうですね、ドッジボールとか、⻤ごっこ、⼀輪⾞、それから鉄棒。校庭で⾝体を使う⼦どもが多いですね。あとは図書館で読書をしている⼦、校内で遊んでいる⼦もいます。

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 私は、遊びはさまざまな問題解決の場だと思っています。例えばクラスでドッジボールをしていて、よそのクラスの⼦が「混ぜて」と⾔ったときに、⼊れるか⼊れないか。「⾃分たちだけでやりたいけれど、⼊れないと先⽣に怒られるしな」「でもあの⼦、強いしな」と悩むわけです。または、線を踏んだ踏んでいないで揉めたときに、「とりあえず線を踏んだことにしといて、早いところゲームを再開しよう」という⼦もいれば、「踏んでないのに踏んだことにされたら悔しいよな」と考える⼦もいる。本当にいろんな場⾯で課題がたくさん出てきて、それをうまく解決していく経験を積むことで、課題解決⼒や折り合いをつける⼒、もっと⾔えば発想⼒までを育てられるのです。

── 遊ぶ時間をつくるために休み時間を⻑くしたということですが、いつからですか。

平塚 第2運動場をつくったころだから、2011(平成23)年だったと思います。休み時間を⻑くしても、授業は1コマ45分なので、1時間⽬と2時間⽬の間の5分休みをなくしました。ちなみに1時間⽬と2時間⽬の間のチャイムは鳴らしません。90分の途中でチャイムが鳴ると、⼦どもの集中を途切れさせる可能性が⾼いので。逆に⼦どもたちが1コマ45分を意識して授業を進めています。

── まさに、時代の変化とともに教育のかたちも変わらざるを得ない中、平塚校⻑にとっての⽬下の課題は何でしょうか。

平塚 課題は3つあります。

 1つ⽬は、アクティブラーニングについてです。2012年8⽉、⽂部科学省中央教育審議会が取りまとめた「新たな未来を築くための⼤学教育の質的転換に向けて」において、アクティブラーニングという表現が初めて⽤いられました。アクティブラーニングとは、これからの社会を⽣き抜くために必要な「主体的・協同的に課題を発⾒し解決する⼒」を養うための授業スタイルです。2017年の学習指導要領改訂案ではその⽂⾔が消え、「主体的・対話的で深い学び」という表現に変わりましたが、本校ではそれ以前からずっと⼦どもたちによる主体的・対話的で深い学びを実践しようと努⼒してきました。しかしながら、まだまだ教師が授業を⼿放さない。⼦どもが⾃ら掴みとり学びとる授業をするためには、先⽣がコーディネーターに徹することを意識せねばならないので、それを徹底するように指導しています。

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 2つ⽬は、ICT教育の推進です。本校はアウトプットを⼤事にしており、その⼿段としてタブレットを導⼊し、効率的・能率的に授業を組み⽴て、グローバルに世界とつながっていく⼦どもを育成したいと考えています。

 3つ⽬は多様性を認めること。グローバルな世の中になり、いろんな⽂化や習慣をもったさまざまな⼈種の⼈たちと、議論やコラボレーション、コミュニケーションを上⼿に⾏うことは今後の⼦どもには必須です。そのためには多様性をしっかりと認めていけるような教育が必要だと思っています。

── タブレットを使⽤して世界とつながることがこれからの教育に必要だというお話ですが、あらためて、教育とデジタルテクノロジーとの関係についてはどのように考えていらっしゃいますか。

平塚 現在ある職業の半分以上が今後はロボットインターネットやAIなどで完結してしまうだろう、今の⼦供たちが⼤⼈になる頃には、世の中の半分以上のことがインターネットの世界で⾏われると⾔われている世の中で、そこにどう対応できるのか、ツールをいかに使いこなせるようになるか、というのは⼤事なテーマだと思います。しかしながら、個⼈的にはそれらを使いこなせるだけではなく、制作する側になってほしいなと。ロールプレイゲームも、⾃分が与えられてやるだけでなはなく、その⼀部を制作できる⼈間に育ってほしい。クリエイティブな側⾯を鍛えるために、来年必修科⽬となるプログラミング学習がうまくつながっていけばいいなとは思います。もうひとつは、やはり世界とつながるということを⼦どもたちにはしっかりと体験してほしい。多様性こそが⼒であり、それが結局はクリエイティブな側⾯も育てるのではないでしょうか。

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── パソコンやタブレットを通して世界とつながる授業や試みはありますか。

平塚 パソコンはいろんな場⾯で使っていますが、情報収集の段階からはまだ出ていません。タブレットは残念ながらまだ本校にはなくて。集めた資料をうまく組み合わせ、タブレット上に新聞として展開するとか、そんなことを⼦どもたちに経験させたいのですが、まだちょっと先の話になりそうです。

 ただ、フィリピンの⼩学校と交流を始めたんです。拙い英語で繋がる喜びや伝わる楽しさを味わうという英語教育の⾯もありますが、それ以上に、同学年だけど学んでいる教科やお昼の過ごし⽅、遊び⽅がこれだけ違うなど、他国の⽂化を肌で感じていくことも⼤事かなと。スカイプかLINE電話で始めようと考えていますが、費⽤のこともあってこれも未定です。

 ⼀⽅、グローバルからは外れますが、LGBTという多様性も⼦どもたちには学ばせているところです。これまでは偏⾒に満ち溢れていたことが実はそうではなくなってきたという世界の変化を正しく知っていくこと、またその変化を受容することを、感受性豊かな時期に経験させられたらと思っています。

── では、⽇本全体の教育現場は今後どのように変わっていくとお考えですか。

平塚 ボーダレスになってきているというのが⼤きいですね。⼈間というのは本質的に「⾃分たち」と「彼ら」という関係を昔からつくってきました。古代であれば⾃分たちの村と隣の村、戦国時代なら⾃分たちの国と隣の国、昭和に⼊ったら⾃分たちの国とよその国というように、対⽴の歴史をずっと歩んできている。それが、インターネットによって関係がボーダレスになることで、このまま範囲が広がって「彼ら」が存在しなくなり、争いがなくなっていけばいいなと。世界中の⼈たちみんなが「⾃分たち」であると思えるような世界を描いていってくれたら、それが平和で、豊かで、本当に幸せな世界ではないかと思うんです。

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 例えばインターネットでは⼈助けが盛んで、あるときは、⽣協が200個の仕⼊れでよかった商品を間違えて2,000個頼んでしまい「困っている」と投稿すると、「うちでこれだけ貰うよ」というのが拡散していく。またあるときは、サッカーの⽇本代表が渋滞に巻き込まれてなかなかたどり着けず、「道を開けてほしい」というメッセージが拡散され、無事に試合に間に合う。そういう互助作⽤が素早く成⽴するのが、インターネットのよき側⾯だと思います。そのために多様性を認めていったり、⾃分の想いをきちんと発信できたり、善悪を判断して相⼿が傷つかないように配慮ができたり、そんな⼦どもが育つように我々⼤⼈は考えていかないといけません。

── では、未来を担う子どもたちの親御さんへメッセージをお願いします。

平塚 親⼦で読書をするのと同じように、親⼦でコンピュータに触れていただけたらと思います。⼦どもから教えてもらうのでもいいから、⼦どもと⼀緒に触る時間をつくって学んでほしい。「⼦どもが先⽣」がいちばん早いのではないでしょうか。他の誰かに尋ねるより⼦どもに聞きながら理解するほうが早いし、親から質問される⼦どもも嬉しいだろうし、相乗効果的にはいいかなという気がしますね。

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 それに以前は「⼩学校に滞在する間は⼦どもに携帯電話を持たせないでください」と伝えていましたが、現在はそんなことは⾔っていられません。逆に携帯電話を持って、インターネットのリテラシーを含めて⼒をつけていかないといけない。マイナスな部分をどう⼦どもたちから切り離すか、失敗したときにどう反省し、次に活かすのか。実際、LINEのグループで揉めたり、⽇がな⼀⽇ケータイゲームに没頭していたりと、親が困って学校に相談するケースもありますので、実際にトラブルが起こったときに⼦どもと親と学校でともに学んでいくことが⼤きいのではないかと思います。

5年3組担任 ⻑⾕川孝⼦先⽣インタビュー

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── 本⽇の算数の授業では例題の答えを⼀⼈ひとりが考え、発表したい⼦が⼿を上げて板書し、しかも合計6つの計算式が出ましたね。それをクラスメイトが拍⼿で称える。⾮常にアクティブな授業に感動しました。

ありがとうございます。今⽇は昨⽇の学習を活かして問題が解けるので、結構みんなわかっている状態でしたが、確かに数直線なり関係図なりを描き出し、⾃分なりの数式を⾒つけ、それが6つもあるのは感動しますよね。

── 授業中、⼀度も⼿を上げて発表しない⼦というのは、いないんですか。

 「絶対1⽇1回は⼿を挙げよう」というのをクラスで決めていて、みんなそれぞれ頑張っています。⼦どもたちはけっこう社会が好きなんです。それこそ正解というのがひとつではなくて、⾃由に⾃分の意⾒を⾔えるので、ほぼ全員⼿を挙げますね。私⾃⾝は、とにかく認め合うこと、そして否定をしないこと、「でもさ」という⾔葉を絶対に使わないこと、「◯◯さんとは違うのですが」という⾔い⽅で⾃分の意⾒が⾔えるようになることを、しっかりと⼦どもに伝えるようにしています。もちろん、まだ5年⽣なので、恥ずかしくて意⾒を⾔えないという⼦もいますが、そういう⼦でも「教科書のここの部分を読みましょう」というときに⼿を挙げたりしますね。

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── ⿊板で発表する前に、「隣の⼈と意⾒を交換しましょう」と司会が⾔い、2、3⼈の最⼩単位で⾃分の考えた数式を互いに教え合う。「答え合わせ」ではなく「意⾒の交換」というのがユニークだなと感じました。

 そのような⼩さい単位での交流をあえて⼊れているのは、全体で発表できない⼦に対しての⼿⽴てなんです。31⼈の前で⾔えなくても、4⼈の前だったら⾔えるとか、相⼿がひとりなら⾔えるということがあって、それはもう⼗分⽴派な発表になりますから。とにかく⾃分の考えを⼈に伝えられたら、それだけでOKです。

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── ⼦どもたちに司会をさせる利点は何だとお考えですか。

 主体的な学びというところに⼤きく関わってくるかと。⾃分が中⼼となって授業を進めるという経験を積むことで「もっとこうしてみたらいいのではないか」という前向きな思考、主体性が⽣まれる。それが互いの個性として現れてきて、その⼦らしさをアピールできる⼒が⾝についていくんだな、と実際に⼦どもたちを⾒て感じます。

── 「(先⽣抜きで)僕らでやらして︕」と⾔われることはありませんか。

 ⾔われますね。私が「ちょっと今⽇、先⽣いいひんねん」と⾔っても、「いけるいける︕ 先⽣いなくてもいいよ︕」みたいな(笑)。教科にもよりますが、算数、社会とかだとまったく問題ないです。特にうちのクラスは討論が⼤好き。意⾒が分かれるのが興奮するらしく、「僕は違うと思います」と⾔いたいらしくて。だから逆に相⼿の意⾒を受け⼊れることが、うちのクラスの課題です。反論が⾔えるだけではダメで、相⼿の意⾒を受け⼊れるのも⼤事だよと。最近、⾃分の意⾒を⾔えなかった⼦たちが⾔えるようになったのはひとつの⼤きな進歩なので、今後はそこからどう最終的にまとめていけるかが課題ですね。

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用語解説

番組⼩学校

明治維新後の1869(明治2)年、当時の京都の住⺠⾃治組織だった「番組」を単位として創設された64の⼩学校を指す。

PISA型読解⼒

PISA(OECD⽣徒の学習到達度調査)による「読解⼒(Reading Literacy)」 のこと。「⾃らの⽬標を達成し、⾃らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために書かれたテキストを理解し、利⽤し、熟考する能⼒」と定義される。41カ国・地域から約27万⼈が参加した、平成15年(2003年)のOECD(経済協⼒開発機構)によるPISA調査の結果、⽇本の⼦どもたちの学⼒は「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」「問題解決能⼒」についてはいずれも⼀位の国とは差がなかったが、「読解⼒」についてはOECD平均程度まで低下していることが判明した。

(取材・⽂:堀 ⾹織  撮影:⼩林敏伸)

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