2019.06.25

教育とテクノロジー

広尾学園中学校・⾼等学校 医進・サイエンスコース ― ⽊村健太統括⻑インタビュー

ペーパーテストで良い点数を取ることではなく、研究を通じて世の中に新しい価値を⽣み出すことが、本来の意味での「学び」ではないか──。⾃らも⽣命科学分野の研究に携わってきた広尾学園 ⽊村健太統括⻑が、研究を通じて得た喜びと確信を中・⾼校⽣に伝えようと、「医進・サイエンスコース」を⽴ち上げました。偏差値や医学部への進学率の⾼さはもちろんのこと、⾃らの研究に情熱を注ぐ学⽣たちの⽇常はどのように変化し、いまがあるのか、お尋ねします。

学ぶことは、楽しいこと

── 広尾学園に赴任されて10年。医進・サイエンスコースの⽴ち上げをはじめ、どのような想いをもって取り組んでこられたのでしょうか。

⽊村健太(以下、⽊村) 受験テクニックを叩き込まれ、懸命に受験勉強をして⼊学しても、⼤学で「求めているのはそんな⼒ではない」と⾔われてしまうことがある。そこで私が最重視してきたのが、⼤学⼊試を含めた「中学・⾼校と⼤学との接続」です。本校では、⼤学での学びともつながる「⽣徒の主体性を軸とした研究的な学び」を進めてきました。例えば、医進・サイエンスコースでは、⽣徒⼀⼈ひとりが⾃ら設定した研究テーマに取り組んでいます。

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 研究を進めるうえで何よりも⼤切なのは、ワクワクする気持ちです。だからこそ、カリキュラムの設計も研究のサポートもすべて、⽣徒が楽しいと思う気持ちを⼤切にしてきました。学ぶってそもそも楽しいことだと思うんです。⼩さい⼦どもは「なんで︖」「どうして︖」とよく訊くでしょう。「本質を知りたい」と思うのは本能的な欲求で、本来は⾃ら喜んで求めるものなのに、受験間近になるとみんな勉強嫌いになっている。学校という環境が学ぶことを嫌いにさせてしまっているとしたら、教育に携わっている⾝としてこんなに悲しいことはありません。

 「学ぶって楽しい︕」という感覚を⽣徒と共有するためには、私たち教員⾃⾝も学ぶことを⼼から楽しむこと。そして、楽しくてしかたないと思っている⾃分の専⾨について、⽣徒たちに伝え続けることです。本校では、どこまでが遊びでどこまでが勉強なのかわからないような感覚で、⽣徒と教員が楽しみながら学ぶ環境があります。

学校は、⽣徒をいまの社会に適応させるための場所ではなく、⽣徒たちと未来をつくる場所です。私たちは⽣徒に「これからの未来をつくるのは、あなたたちなのだと本気で思っている」「私たちが知っていることはすべて教えるから、⼀緒に幸せな未来について考えていこう」と伝えています。⽣徒たちには、当事者意識をもって⼈類の未来を考えて欲しい。そのために必要な新しい価値を、研究的なマインドをベースに⽣み出して欲しいと考えています。

── 研究分野を深めるだけではなく、英語をはじめとしたその他の教科も熱⼼に勉強する⽣徒さんが多いですね。

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木村 ええ。医進・サイエンスコースでは、「その答えを世界の誰も知らないこと」を、研究する際のテーマとして設定しています。世界の誰も知らないことにアプローチするためには、⾃分が興味のあることに対して⼈類がどこまで明らかにしているかを知る必要があるし、対象テーマの最新の情報を得るには、教科書や書籍だけでは⾜りないので、インターネットを駆使して調べなければなりません。ところがインターネット上には、不確実な情報もあふれている。「正しくて新しい情報を⼿に⼊れたい」という⽣徒たちの欲求が⾼まったタイミングで、「研究における最新情報は、専⾨家が査読した論⽂というかたちで雑誌に掲載されているんだよ」という話をすると、⾃ずと学術論⽂を読みたくなるんです。学術論⽂のほとんどは英語で書かかれているので、中学⽣や⾼校1年⽣という早い段階であっても、「最新の情報を⼿に⼊れるために英語を使いこなせるようになりたい」と思う。受験科⽬に英語があるからではなくて、⾃分がやりたいことをやるためという動機で、英語の勉強を頑張るようになるのです。

 他にも、⾃分が考えている仮説を証明する際に「確かにその通りだ」と世の中の⼈に納得してもらえるための実験系を組みますが、そのときに必要になるのは数学です。⼀⽅で他の⼈の考えを理解したり、⾃分の考えを表現したりしようとすれば、国語の⼒が欲しくなります。このように、⾃分が興味のある分野を探求していくことで、さまざまな分野に興味が拡張していくのです。

── 教育現場でのテクノロジーの活⽤も貴校においては積極的ですが、テクノロジーを取り⼊れたからこそ⽣まれた好事例があれば、教えてください。

木村 テクノロジー、特にインターネットへ繋がることの最⼤の価値は「時間と場所を超えられること」です。本校では、⽣徒がひとり⼀台のPCをもち、クラウド上で情報を共有できる環境を整えることで、授業や教室、学年、クラスといった従来の学校の枠にとらわれない学びを実現しています。

 例えば、中学⽣と⾼校⽣が同じ研究チームに所属していると、クラスを超え学年を超えた「学び合い」が⾃然発⽣します。教員はもちろんのこと、⼤学の研究者や数学者、企業の⽅を巻き込んだ議論も起こるし、MOOCsと呼ばれる海外⼤学の公開講座で学んでいる⽣徒もいます。学校での授業も放課後の研究も家での学びも、学会やシンポジウムで得た知識も、すべての情報をクラウドに置くことで、タイムリーにつないでくれる。これこそが、テクノロジーが⽣み出す⼒の素晴らしい側⾯だと思います。

── 学びという⼤きなテーマに対して、問題意識をもって取り組んでおられる⽊村先⽣ですが、⽇本の教育における課題についてはどのように捉えていますか。

木村 美味しいハンバーガーをつくりたいならば、まずハンバーガーを⾷べる必要があると思うのですが、いきなり畑に⾏ってレタスをつくり出すことでしょうか。……と、これは少々わかりにくいので(笑)、数学の話に置き換えてみます。

 例えば本校には、微分⽅程式を⽤いて、渋滞の解消や⼈⼝の増減を数学的にシミュレーションしようとしている⽣徒たちがいますが、微分⽅程式を理解するためには微分とは何かを知る必要があるだろうし、そもそも⽅程式とは何かを考えたくなります。他にも、⼈が話すトーンの違いから感情を読み取ろうとしている中学⽣は、⾳声波形を解析するためにフーリエ級数を学び、その係数を決めるためにと積分を学んでいます。ちょっと専⾨的になりすぎましたが、申し上げたいのは、⽣徒のモチベーションは多様だということです。

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 ⼀⽅、⽇本の教育現場では基礎を積み上げていく形式をとることが多いので、皆、⼀律に同じルートで学んでいきます。特に数学は、常に次の「準備」だけを⾏っているように思います。⽂字式を学ぶと⽅程式が、⽅程式を学ぶと関数が……というように順番に次につなげる内容を学んでいきます。これは、正しい知識を効率よく得るのには適した学び⽅だと思いますが、それだけだと⽣徒は⾃分がどこに向かっているのかわかりにくく、学びのモチベーションを保ちづらいです。多くの⽣徒は「準備」ばかりしていて、「⾃分の数学」が始まる前に学校での数学を終えてしまう。実にもったいない話です。最も重要なことは、「学びたい」という状態に⽣徒があること。まずは、⾃分の興味があることに関係した「本物」の数学に触れることで、各論までも学びたいと思うモチベーションが湧いてくるのだと思います。

 ハンバーガーの話に戻すと、まず、ハンバーガーを⾷べ、美味しいハンバーガーをつくりたいというモチベーションをもつことが⼤事。そこではじめて、レタスがシャキシャキしているから美味しいのか、コクのあるチーズが決め⼿なのかと考えはじめます。このように、まず「本物」を知ってから各論に⼊るという順番をとるだけでも、学びの質が相当違ってくるのではないでしょうか。

 それから、「数学は得意だけど⽣物は苦⼿」というような、教科の得意・不得意について勘違いしやすい環境にあるのも問題だと思います。⽣徒の多くは、テストで良い点数がとれたものを得意教科、良い点数がとれなかったものを不得意教科だと判断しています。ただ、本当にそのテストで数学の⼒が計れているのか、そのテストの得点が⽣物学に対する理解度をそのまま表しているのか、もう⼀度考えてみる必要があると思っています。その問題を正答するために必要な⼒は何なのか。なぜこの問題が5点で別の問題が3点なのか、配点においてしっくりこないことも多くあります。これは誰が悪いとかいう話ではなく、ペーパーテストで測定することには限界があるということです。しかし、テストの点数が全てだと思われることがあり、⽣徒はそのまま得意・不得意という感覚をもちます。さらには、その学問に向いている・向いていないとまで判断してしまうことがあるので、その思い込みを壊すことも⼤事だと思っています。

── 思い込みを壊すための取り組みやヒントはありますか。

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木村 その教科の「本質」を知ることが⼤切だと思います。数学は、与えられた問題を効率よくスピーディーに解く教科ではない。解法パターンを暗記し、脊髄反射のように問題を解いて、いくら点数が取れていたとしても、数学の⼒があるとは⾔えません。数学は本来、決まった解法パターンなどなくて、論理的に正しければどのように考えても良いという⾃由な教科なのです。いまもっている知識を総動員して「考える」ことを楽しむことが最も⼤切です。

 それから、⽤語を覚えられないから⽣物学が苦⼿だとも思ってほしくないんです。⽣物学を含めた理科という教科は、⾃然の神秘に「感動」することから始まるはずです。「なぜ︖」「どうして︖」という問いを先⼈たちの知恵を借りながら解明し、それを皆が納得できるかたちで説明していく過程で⽣まれる楽しさとやりがいを知ってほしいのです。

 中学受験を終えて医進・サイエンスコースに⼊学した⽣徒たちには「苦⼿とか得意という感覚は忘れて、もう⼀度まっさらな状態からスタートしよう」と伝えて、思い込みを壊すようにしています。

── 最後に、未来を担う⼦どもたちの親御さんへ、メッセージをお願いします。

木村 ⼦育て、お疲れ様です。どうかこれからも⼦どもたちが「楽しい」と感じる気持ちと、彼らが「夢中」になれる時間を⼤切にしてください。⼤⼈から⾒ると役に⽴たないと思えるようなことに興味をもったとしても、⾃分からやりたいと思って夢中になっている時間そのものがかけがえのないのだと思って、あたたかく⾒守ってあげてください。むしろ、お⼦さんが楽しいと思っていることにご両親も興味をもって、⼀緒に楽しめたら最⾼ではないかなと。⼤⼈よりも⼦どもの⽅がすごいことはたくさんありますから、ぜひそれを⾒つけてください。

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⿂たちが出迎えてくれるサイエンスラボでの⼀枚。ここには蛍光顕微鏡や電⼦顕微鏡、クライオスタット、細胞培養や遺伝⼦組み換えに必要な設備が揃っており、まるで⼤学の研究室に来たような感覚になる。


広尾学園中学校・⾼等学校学⽣インタビュー

憧れから始めた研究。研究で広がった学園生活。

医学やサイエンスへの興味を軸に、本質を捉えたカリキュラムを展開する「医進・サイエンスコース」。⽣徒は⾃⾝の研究テーマとどのように出会い、学びを通じてどのような喜びを得ているのか、広尾学園⾼校 医進・サイエンスコース3年⽣の後藤愛⼸さんに編集部とともに⽊村健太先⽣がインタビューしました。

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── 後藤さんが「p型半導体を含む正極触媒を⽤いた⾊素増感太陽電池の⾼電圧化」という研究テーマにたどり着く過程の最初のきっかけを聞かせてください。「⾃分が没頭できるものにどのように出会えるのか」を知りたい⼈は多いと思うので。

後藤愛⼸(以下、後藤) 広尾学園では年度末に成果報告会という発表会のようなものがあり、中学時代に⾒学しました。そこで、ある先輩が⾊素増感太陽電池の研究発表をしていたんです。初めて⾒たカラフルな太陽電池に魅了されましたが、正直、話していることの99%はわかりませんでした(笑)。それでも、堂々と発表している姿が格好良くて、憧れを抱いて。⾼校に進んだら⾊素増感太陽電池の研究をしたいと思いました。

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── ⾊素増感太陽電池という名前に馴染みがないという⼈が⼤半のはずなので、⼀般的な太陽電池との違いについて、説明をお願いします。

後藤 そうですね……家庭や学校で使われている太陽電池はシリコンでできていますが、シリコンでつくられている理由は、発電効率が良いからなんです。でも、コストはすごく⾼い。⼀⽅、この⾊素増感太陽電池はコストが抑えられる。ただ発電効率が低いので、実⽤化はされていません。私たちの暮らしのなかで使われているシーンは、残念ながらまだないんです。

── 研究をしていておもしろいと感じる瞬間はどんなときですか。

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後藤  研究は仮説を⽴てることから始まりますが、仮説を⽴て、実験をして、結果を出す、という⼀連の作業はすごく⼤変です。だから、結果はどうであれ、やりきったという達成感があることが楽しいです。ネガティブな結果が出たときは、「なぜこういう結果になったのか」「次はどうやったら改善できるのか」を考えますが、それもまた楽しいですね。

── うまくいかなかったときも楽しめてるのがすごい(笑)。その思考のサイクルを、研究だけでなく普段の⽣活で使っていることもありますか。

後藤  はい。私はスポーツが⼤好きで、バトミントン部に所属しているのですが、研究を始めてその思考のサイクルが⾝についてからは、試合が終わるたびに「今⽇の試合の何がダメだったのか」を振り返るようになりました。さらに⾼校に⼊ってからは、「毎回の練習で、何を意識するのか」についてもよく考えるようになりました。

あとは翻訳のボランティアもやっています。実際の講義動画を公開しているアメリカの⼤学があるのですが、本質的でとても興味深い内容なんですね。ただ、すべて英語なので、⽇本の⾼校⽣がそういった本物の授業に触れたいと思っても、英語⼒が壁になってしまう。⽇本語字幕がついていれば、誰もが⾔葉を超えて学ぶことができるし、⾃分も内容を学びながら英語も強化できるかなと思って取り組みました。

── 後藤さんは、英語できるよね。

後藤 中学⽣のときは英語の成績が悪くて、⼤嫌いでした(笑)。英語を使う場⾯もなかったし、何のために勉強しているのかわからなかったから、頑張れなかった。でも、⾼校から医進・サイエンスコースに⼊って研究を進めるなかで、論⽂を読みたいなと思ったんです。そうして⾼校1年⽣から⽬的をもって英語を猛勉強するようになったら、模試でも定期テストでも1桁台の順位を取れるようになりました。

── 翻訳ボランティアで⽇本語字幕をつけているのは、⼤学の講義動画ですよね。英語ができても、講義の内容を理解できなければ難しいのではないですか。

後藤 そうですね。私の研究は化学ですが、講義の内容はケミカルバイオロジーといって化学と⽣物の融合のような内容です。今まで触れたことのない分野で、どんどんわからなくなっていったんですが(笑)、翻訳は3〜4⼈のチームでしているので、⽣物が得意な⼦に聞きながら進めました。

── チームで取り組んだからこそ、⼤変だったことやおもしろかったことはありますか。

後藤 私が⼀緒に進めてきた翻訳チームは全員が部活も研究も⾏っていて、すごく忙しい⼈ばかりでしたが、だからこそサポートし合ってこられたと思います。「私は今⽇ここまでやっておいたから、次はよろしくね」とパスが⾶んでも理解し合えたというか。⼀⽅で、研究はひとりで進めることにしました。もちろんチームでもいいですが、⼈数が増えれば増えるだけ予定を合わせるのが⼤変になるので、研究だけはひとりで取り組んでいます。

── 研究に部活、翻訳活動に加えて普段の勉強と忙しそうですが、時間が⾜りなくて何か我慢したことはありますか。

後藤 友達と遊びに出かける時間はなくなったかもしれません。でも、⾃分にとっては研究や部活が娯楽のようなものだったので、特に⾟かったとか楽しみが消えたということはなかったです。

── 後藤さんの研究について、保護者の⽅が何か⾔うことはありますか。

後藤 特にありません。「やりたいならやってみれば」とだけは⾔われ、反対されることは何もなかったです。⾼校1年⽣のころは、「今⽇、学校で酢酸ナトリウムを買ってもらったんだ」とか嬉しくて話していましたが、お⺟さんはよくわかっていなかった(笑)。振り返れば、⼩さいときは家族でよく出かけました。海に連れて⾏ってもらうたびにお⽗さんに、「これは何︖」と尋ねていた気がします。その好奇⼼が、いまにつながっているのかもしれません。

── 今⽇は後藤さんに話を聞きましたが、医進・サイエンスコースの⽣徒は本当にみんなユニークですよね。それぞれが⾃分の好きなことを⾒つけて没頭している。後藤さんから⾒てどうですか。

後藤  研究に部活に⼀⽣懸命な、おもしろい友だちばかりです。あと、医進・サイエンスコースは⽣徒と先⽣との距離がすごく近い。授業中はもちろん、授業外で質問に⾏くのも、遠慮しなくていいので嬉しいです。いい意味で先⽣という感じがありません(笑)。同じ研究に興味がある仲間みたいな感覚でいられるので、それもすごく楽しいです。

本質を捉えたカリキュラムを構築、⽣徒⾃らの「知りたい」という気持ちを動かし、授業や研究が楽しめる環境を提供している広尾学園医進・サイエンスコースの指導⽅針は、後藤さんをはじめとした各⽣徒のなかに確かに息づいていると取材を通して感じられました。

後藤さんの場合は、「研究」に対する好奇⼼が動機となり、苦⼿だった英語にも果敢に取り組む姿勢が⽣まれました。⼦どもは誰でも同じように、熱中して取り組み成⻑につながる“軸”があるのでしょう。また、研究の場構築としてテクノロジーを取り⼊れている同校の取り組みが、さらに好奇⼼の幅を広げていることも実感できました。

⼤⼈の判断で制約を設けるのでなく、さまざまな機会を提供することで熱中できるものを⾒つけ、⾒つけたら集中して取り組む後押しをしてあげること。それこそが、答えのない時代に⾃ら課題を⾒つけ、解決に向けて全⼒で取り組む⼦どもたちを育てていく重要な視点だと感じます。(Tech&Device TV 編集部)

(取材・⽂:伊勢真穂 撮影:yOU(河崎⼣⼦))

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