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2019.07.16

教育とテクノロジー

灘中学校・⾼等学校 ― 和⽥孫博校⻑インタビュー

進学校として名⾼く、歴史も⻑い灘中学校・⾼等学校は、2020年の⼊試改⾰をどのように捉えているのでしょうか。「⼊試制度や社会の教育の流⾏が変わっても、教育において本質的な⼈間⼒を育てることが重要であることは不変」と語る和⽥孫博校⻑に、教育理念や教育⽅針、実際に⾏われているアクティブラーニングについてお尋ねしました。

入試が変わっても、教育の本質は変わらない。

── まずは、和⽥校⻑の教育理念についてお聞かせください。

和⽥孫博(以下、和⽥) 「不易流⾏」という⾔葉をご存じですか。「不易」とは、いつまでも変化しない本質のこと。「流⾏」とは、その時々に合わせ変化を取り⼊れることです。これは松尾芭蕉が残したとされる⾔葉で、「不変の真理を知らなければ基礎は確⽴せず、変化を知らずにいれば新たな進展がない」という真理を表しています。思うに、学校教育にはこの不易流⾏という思想が重要なのです。しかし、いまは政府主導の教育改⾰が進んでいくなかで、「流⾏」だけが重んじられている気がする。そこに懸念を抱いているのです。

 私は、時代と⽣徒が変わっても教育の本質が変わることはない、と考えています。例えば、現⾏の⼤学⼊試制度は本来の教育の評価をするにはふさわしくない内容になっている。そのために⽂部科学省が⼊試改⾰を進めているわけですが、「本来の教育のあるべき姿」を追求してきた学校にしてみれば、⼊試制度が変わっても、学校側として教育⽅法の改⾰を⾏う必要は特にないはずです。

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では、「本来の教育」とは何か。本質的な⼈間⼒を育むことに尽きるでしょう。創⽴以来、そのような教育を⾏ってきた灘中学・⾼校にとっては、これまでと同じ教育を⾏っていけば、⾃ずと新しい⼊試制度に対応できる学⼒と⼈間⼒が⾝につくはずです。

また、本校は、1927年の創⽴以来の歴史と伝統をもつ中⾼⼀貫校でもあります。ある程度は時代に適応したカリキュラムを組むことも必要ですが、校⾵や伝統を犠牲にして「流⾏」にのみ⾛ることは、私学の存在そのものを壊すことになってしまう。⼀⽅で、テクノロジーの進歩などに置き去りにされるわけにもいきませんから、「不易」を念頭に置きながら、改⾰を進めることが⼤切だと考えています。

── 灘⾼校の歴史や、創⽴以来守り抜いてきた教育⽅針について、さらに詳しく教えていただけますか。

和田 本校の教育⽅針は、創⽴の経緯とも密接に関わっています。灘⾼校のある阪神地域は、⼤正時代から教育に関する関⼼が別格なほど⾼い地域でした。⼤阪の商⼈の多くがこの地域に住んでいて、環境のよいこの⼟地で⼦弟に質の⾼い教育を受けさせたいと考えていた。それで当初は公⽴の中学校(旧制)に⼦弟を通わせていたのですが、⽣徒の定員の問題が発⽣し、「私⽴の中学校をつくってほしい」という要望が出たことで新しく設⽴されたのが灘中学校です。

 その際に顧問を任されたのが、講道館を創始し、東京⾼等師範学校(現・筑波⼤学)の校⻑を務めた嘉納治五郎先⽣でした。彼はもともとこの地域の出⾝であり、⾃分の理想とする教育を追求する学校をつくりたいと考えていたようで、本⼈も快く受け⼊れたそうです。

 彼は、⾃らが講道館柔道で唱導していた「精⼒善⽤」「⾃他共栄」の考え⽅を、灘の校是にも援⽤しました。「精⼒善⽤」は⾃分の⻑所・短所を⾃覚したうえで、良い部分を伸ばしながら、⾜りない部分も克服していき、できることに全⼒で取り組むこと。「⾃他共栄」とは、⾃分の⼒を最⼤限に利⽤し、さらに、みんなが⾃分の⼒を発揮することで幸せな世界をつくっていくことです。教育において精⼒善⽤・⾃他共栄という⾔葉を考えるなら、誰でも得意な分野とか不得意な分野があるし、どんなに優秀な⼈でもオールマイティーということはない。だからこそ、⾃分の持っている⼒を最⼤限に発揮し、⼀⽅で他の⼈が得意とする分野はその⼈に任せ、皆が⼒を合わせることでより良い社会を作っていくことが重要です。

 この校是のもとに、灘中学・⾼等学校では、まず⽣徒⼀⼈ひとりが本来もっている能⼒・⻑所を⾃ら⾒極め、それを最⼤限に発揮し、お互いに⼒を出し合って補い合うことを⼤切にしています。

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また、この校是を実現するためには、画⼀教育はふさわしくありません。それぞれの個性を発揮したり、それぞれの⼒を伸ばしたりしてもらうためには、⾃由度、⾃主性を、重んじる必要がある。そうした背景から、近年注⽬されているアクティブラーニングについても、本校の場合は建学の時期からその⼟壌ができていたと考えています。よって、教育の内容を急に変えたり、何か新しいものを取り⼊れたりする必要はない。⼤切なのは、⽣徒がいかに意欲と好奇⼼を持って学んでいくかであって、深い学びのない表⾯的な授業を⾏っていてもあまり効果がないのです。

── では、具体的に学校は何をされているのでしょうか。

和田  教具や機器に頼らず、⽣徒が積極的に取り組みたくなるようなImpressive(印象的)な授業を⾏うことを追求しています。例えば、⼟曜講座など、物事の本質を追求していくことに重点を置いた教育を⾏っています。

 また、意外に⼤切なのが、教員の⾃由度を⾼くすることです。建学の際、治五郎先⽣は⾃分の愛弟⼦を校⻑にしたのですが、初代校⻑は教員に⾃由に授業をさせることを重んじました。本校で有名な橋本武先⽣の『銀の匙』という本を1冊読み上げる国語授業も、この流れを汲んだもの。書き残したものを読んでみると、橋本先⽣は新卒でこの学校の教員になり、最初に校⻑に出会ったときに「⾃分の好きなように授業をやりなさい」と⾔われたことがわかります。そこで橋本先⽣が編み出したのが、『銀の匙』に凧揚げのシーンが登場すれば実際に凧をつくってみるというような、⾔葉や⽂化、⽣活までを徹底的に調べながら⽣徒が実際に体験していくという授業だったのです。

 橋本先⽣の逸話ばかりが有名になっていますが、現在でも灘の教員は基本的に全員がこのような教育⽅針をもっています。同じ数学や英語を教えるにしても、⾼校では教員によって使う教材が違いますし、教員全員で共通してやるべきことが決まっているわけではないんです。

── 教員によって使う教科書や教材が違うというのは驚きです。

和田 中学校は無償教科書なので、全学年同じ教科書を使わざるを得ないのですが、⾼校は有料の教科書なので、教員がそれぞれ選ぶのです。私⾃⾝も、上の学年が使っているとノートなどがそのまま下に流れる可能性があるので、あえて違う教科書を選ぶこともありました。教師のなかには1冊の教科書では満⾜いかずに、⾃主編集のテキストをつくる先⽣もおられます。

 最近の例でいうと、⽇本史のある教員は、中学1年⽣の授業で、テーマを設けて、⽣徒にグループ単位で調べる時間を与え、クラス全員の前で発表させています。発表の際に質疑応答をしながら、必要な知識を⾁付けしていくんですね。このように、灘では⽣徒と教員のコミュニケーションのなかから学んでいくことも⼤切にしています。そういう⼯夫が、本校の教育の中⼼になっているのです。

学校は、生徒の好奇心を育て、応援する場である。

── 灘中学・⾼校の⽣徒には、どのような特徴がありますか︖

和田 物⼼ついたときからずっとコンピューターやスマートフォンに触れ続けているデジタルネイティブである、というスペックの変化はありますが、本質的な中⾝はそんなに変わりません。基本的には好奇⼼旺盛で、⾃分の個性を伸ばすことに積極的な⽣徒が集まってくるところは不変だなと感じています。

 学校としてもせっかくの好奇⼼を阻害しないよう、補習などをほぼせずに、夏休みもたっぷりとって、スポーツ、読書、趣味などの⾃由な課外活動をたくさん⾏えるように配慮しています。

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── 個性を育む環境を整えることで、どのような⼈材が育成されるとお考えですか。

和田 未知の課題を克服していく「真のグローバリスト」です。

真のグローバリストに必要なのは「異⽂化コミュニケーション⼒」と「多様な⼈と協⼒して課題解決する能⼒」です。そのために必要なのは学校がアクティブラーニングの場になること。⼟曜講座もその例ですが、ほかにも例えば⽣物研究部は近くの川に採集に⾏き、学校に戻ってきて⼀緒に解剖したり、⽣態を調べたりする。そのための解剖の道具、⽣態を調べるための資料を豊富に取り揃えています。

 テクノロジーについても、情報・技術の授業でパソコンの使い⽅を教えますが、さらなる興味のある⽣徒には、⼟曜講座などで専⾨的な知識を持つ教員・OB・社会⼈から学べる機会を設けています。

── 伝統的な教育⽅針を保ちつつ、コンピューターを使った教育も進められているということですね。何か特別気をつけている指導などはありますか。

和田  前述のとおり、いまの⼦どもたちはデジタルネイティブですから、学校で指導しなくてもすでにIT機器を使うことができる。そのため、本校では、ICTは⽣徒に使い⽅を教えるものではなく、教務・校務の省⼒化に利⽤するものと捉えています。出席簿管理システムの開発や、⼤学⼊試改⾰に伴うeポートフォリオの活⽤などが、その具体例です。

 また、⽣徒が校内でコンピューターに触れる例としては、「時間割変更板」を校内2か所に映し出す動画を配信していたり、PC教室およびICT教室においてモニターを⾒ながら英語の授業を受けたりしています。各教室にも、50インチと⼩さいですがディスプレイを設置していますし、移動式のプロジェクターとスクリーンを使⽤する教師もいます。もちろん⿊板とチョークが⼤事という先⽣もいますから、うまく折り合いをつけながら併⽤しているというところでしょうか。

 現代では最先端の技術とされているものも、社会全体が進化していくと、その技術をもっているだけでは通⽤しなくなってしまう可能性もあります。20年後、30年後の世界を想像したとき、いま最先端と考えられている専⾨・細分化された特殊な知識・能⼒を⾝につけるよりも、どんな時代や技術にも適応できる⼈間⼒を養っていくことの⽅が重要なはず。では、その「⼈間⼒」をどのように育てるか。やはりそれは基礎的な学⼒や教養を⾝につけて、課題解決の素地をつくっていくことに帰結すると考えます。

── コンピューターのリテラシー教育についてはいかがですか。

和田 リテラシー、つまりテクノロジーを使うためのルールとやマナーを学ぶことは⾮常に重要です。いま本校でトラブルがあるとすれば、頻度は低いけれどSNSのトラブルがメイン。使い⽅を⼀歩間違えれば、⾃分や他⼈の⼈⽣に間違った影響を与えてしまうということを覚えてほしいですね。ですから、必ずしも情報の授業だけでなく、場合によっては家庭科の授業などでも⾝につけていくべきと考えています。

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── テクノロジーがもたらしている恩恵はどのように感じますか。

和田 デジタルネイティブの⽣徒を⾒ていて感じるのは、我々の世代がAIに対して持っている不安や恐怖とはだいぶ違うものをもっているということ。それらを活⽤して⾃分はどうするのか、という⼀⼿先に進んでいるんですよね。

 例えば、放課後も昼休みも機材は使っていいことになっているので、趣味の深掘りをする⽣徒もいるし、それに付き合えるだけの教員やSEもいる。ロボット製作やソフト開ために学校ができることを補助しているという状況です。とにかく、安⼼・安全な環境が整えることで、⽣徒はめきめきと育っていくので、頼もしいかぎりですね。

── 最後に、未来を担う⼦どもたちの親御さんへ、メッセージをお願いします。

和田 まず、「⼦どもは親の背中を⾒て育つ」と⾔いますから、親御さんがどうあるかというのは⼦の成⻑にとって重要です。

 テクノロジーに関して⾔えば、我々の時代だと「テレビなんか⾒たら⾺⿅になる!」と⾒させなかったり、いまでもテレビゲームやネットサーフィンをさせなかったりする親御さんが多いけれど、なんでも勉強の邪魔になるからと取り上げてしまうと、本当に時代に取り残されていく可能性がある。⼦どもが好奇⼼をもったときには、その芽を摘まずに、伸ばしてあげてほしいですね。とにかく⼦どもの芽をつぶさないこと。興味・関⼼のある内容についてさらに詳しく調べたり、多くの体験や経験を積めるように⼿助けするために、親御さんは環境を整えたり、機会を提供してあげたりしてほしい。特に、興味・関⼼を深掘りする際に、テクノロジーは必須な時代ですから、リテラシーなども含めて、ご家庭でもとことん話し合いをなさったらよいと思います。

河内⼀樹先⽣インタビュー

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 2002年度より、⼟曜⽇に開講される特別講座「⼟曜講座」を⾏っています。

 ⼟曜講座の⽬的は、⽣徒が、通常の必修科⽬やカリキュラムだけでは知り得ない社会のさまざまな仕事や分野に触れるきっかけをつくること。すべての講座には、本校のOBをはじめ、その分野の第⼀線で活躍する専⾨性の⾼い⽅をお招きし、中⾼⽣には多少難解な内容であったとしてもトップレベルの実技や講演を⾏っております。2018年度の後期には、辻調理製菓専⾨学校講師による「料理初⼼者のためのイタリア料理講座」や三菱商事の社員による「総合商社で海外と仕事をすること」など31講座を実施しました。また、OBが⾃ら⼟曜講座の講師となることを希望する場合もあり、各業界のトップクラスの層に卒業⽣がいることも灘⾼の財産です。受講する⽣徒にとっては、⼤学や仕事などの進路を考える⼀助となることでしょう。

 ⼟曜講座の開催頻度は6⽉の⼟曜⽇の3回と、10⽉の⼟曜⽇の3回。⾼校⽣1・2年⽣は、6・10⽉にそれぞれ1講座ずつ受けることが必須です。また、前期にあたる6⽉の⼟曜講座については、講座を通じて興味・関⼼を持ったことについて調べ、レポートにまとめて提出することを課しています。

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 受講する講座は、⾃分の好きなものを選ぶことができます。⾃ら選んでいる分、⽣徒も講座に積極的で、実技のあるクラスはいずれも⼤変盛り上がりますし、質疑応答も活発です。また、学年の枠を超えてクラスを設定していたり、中学・⾼校の共通講座もあったりすることから、先輩・後輩から刺激を受けられるのも⼟曜講座の特徴です。

 2018年度後期の⼟曜講座で特に⼈気だったのは、本校OBで外務省⼈事課企画官による「外交官というキャリアデザイン」と「国際情勢を⾒極める」でした。また、理数系の講座のなかでは特に⼯学系の講座に多数の⽣徒が集まっていました。これらの傾向から、2018年度後期については、実社会で役⽴つ知識や技術に関⼼を持つ⽣徒が多かったという印象をもっています。

 また、⼈⼯知能に関する講座にも⼒を⼊れています。平⽇に⾏っている通常の授業でもコンピューターを使ったり、AIに関連したりする内容を取り⼊れてはいますが、⼟曜講座ではさらに深掘りし、「情報科学の⾯⽩さを体感!〜OBトークとゲーム開発を通じて」という講座を⾏いました。趣旨は、情報科学やエンジニアリングの魅⼒を体感してもらうこと。講座では受講⽣をいくつかのチームにわけ、チームごとにゲームアプリの開発に取り組みました。

 ⼟曜講座は、未知の分野に触れる機会になると同時に、⾃分の興味・関⼼のある分野についてはより⾼度で専⾨的な知識や体験を得られるものとして、⽣徒か らも好評を得ています。

用語解説

講道館

1882(明治15)年、嘉納治五郎が創設した柔道の総本⼭。段位の発⾏、⼤会開催、講習会、季刊誌の発⾏、書籍の刊⾏など、柔道普及のための活動を⾏っています。

嘉納治五郎

1860(万延元)年、兵庫県⽣まれ。講道館柔道の創始者であり、柔道・スポーツ・教育分野の発展や⽇本のオリンピック初参加に尽⼒した、「⽇本の体育の⽗」とも称される⼈物です。

アクティブラーニング

学習者である⽣徒が、能動的に学ぶことができるような授業を⾏う学習⽅法。ドラマを通じて、⽣徒が能動的・活動的に学習するドラマエデュケーションなど、さまざまな⼿法があり、21世紀型教育の⼀つのポイントとして多くの学校で取り⼊れられはじめています。

(取材・⽂:吉⽥彩乃  撮影:野村恵⼦)

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